永遠の水槽

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博士と同じ食事を、部屋の隅にある棚の上に置く。立てかけられた写真の中の彼女はいつもと変わらない表情で僕を見た。優しく穏やかな、博士と同じ目元。この写真を飾るようになってから、もうどれ程になるだろうか。 あの頃、僕は写真立ての中の女性―博士の妹と同じ大学に通う学生だった。同じサークルだった僕たちは仲が良く、ある日彼女から「夏休みの時期に、姉の研究施設で荷物の運び出しがあるみたいなの。力仕事だから手伝ってくれると嬉しい」と相談があり、快く了承した。新緑の眩しい季節だった。 訪れた研究施設で、彼女の姉である博士と出会った。当時の博士は今よりずっと顔色も良く、髪はやわらかで、全身が優しく輝いて見えるような、幸せそうな女性だった。今まで出会ったことのない、不思議な雰囲気のある人だった。妹と話している時は砂糖菓子のような甘い声になり、研究中は声をかけても気づかないほどの集中力を見せ、その眼光は普段の博士からは想像出来ないほどに鋭かった。もっと彼女の事を知りたい。共に過ごす時間が増えるほど惹かれていった。隠しようのない恋心を自覚するのに、何日もかからなかった。 研究施設は古い小さな建物で、獣道の奥にあるような、一般人が迷い込まないような敷地にある。敷地の入り口までしか宅配の車は来れず、そこから施設まで荷物を抱え運ぶ。部屋から部屋へ、廊下から部屋へ、いくつもの箱や機材を運んでは入れ替えた。体力には自信があったが、男女二人でこなすにはとても多い量の仕事だった。極度の人見知りだという博士のために、雇ったアルバイトは僕だけだったのだ。 博士は日夜問わず研究に明け暮れ、時たま指示を出しに顔を出す。しかし、食事は三人揃ってとった。遠方の大学の近くで暮らす妹と久しぶりに会えて嬉しいそうだ。妹が紹介してくれる人ならと、僕のこともすぐに信頼してくれた。ころころと笑う博士をずっと見ていたくて、僕は様々な話をした。家族と疎遠になっていた僕は、三人での食卓に家庭のような居心地の良さを感じていた。ずっとこの日々が続いてほしい。でもこれは夏休みの間だけのアルバイトだ。いつかまた会いに来れるだろうか。寂しさを表に出さないよう振舞った。
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