第七章 追跡者と現実問題 2

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第七章 追跡者と現実問題 2

 目を覚ますと、俺はうつぶせに倒れていた。眼前には、冷たくひんやりとした白い床が広がっていて、見慣れたその床が、ここが制星教会の本部ビルだと知らせてくれている。そしてこの部屋は制星教会の本部ビルの十三階。所属メンバーからは謹慎部屋と呼ばれている部屋だ。  俺は痛んだ体をゆっくりと起こすと部屋を観察する。  この謹慎部屋は、木製の椅子が一脚だけ中央に設置されている以外に何も無い部屋だ。当然窓もなく、照明もLEDの白い明かりのみで、壁も床同様に真っ白で統一されている。この部屋の存在は、先輩達から聞かされてはいたが、入るのは初めてだった。 「痛たた……」  俺はゆっくりと立ち上がり、重い体を引き摺りながらなんとか唯一の家具に座る。長らく使われていないのか、椅子が軋む。  そして曖昧だった意識が戻ってきたころ、真姫がいないことに気がついた。焦った俺は立ち上がり、のろのろと出口である真っ白なドアに近づき、ドアノブを捻る。しかし鍵がかかっているせいかビクともしない。 「クソ!」  俺は怒りに身を任せてドアを激しくノックする。  あの時どうしていれば正解だった?  先ほどの場面に思いを馳せる……星の使徒によって現代に戻され、桐ヶ谷に見つかり、荒木に拳銃で牽制され、その後は警棒を持った男達に囲まれた。ダメだ。見つかった時点で手の打ちようがない。  逃げるべきだったんだ……現代に戻って、場所が制星教会の目の前だと分かった時点で。荒木に俺達の過去についての話を聞かれ、その荒木が墓地から出ていく際の意味深な言葉「そうかそうか……お前はそういう態度なんだな」この言葉の意味をもっと考えるべきだったんだ。  荒木は先日亡くなった姫路も含めて、近しい人間がここ半年間で三人も星の使徒に殺られている。そんな状態で俺達の話を聞けば、当然制星教会に報告するだろう。しかも以前、真姫にきつめに拒絶されている。そんな真姫と一緒にいる俺を良く思っていない。 「正人が言っていた意味がよく分かった」  俺は真っ白に閉じられた部屋の中、一人そう呟いた。  以前正人に十年前の話をした時、彼はひどく驚いていたが、それ以上に制星教会の連中には絶対に話すなと言っていた。きっとこうなることが分かっていたのだろう。もしかしたら俺が正人に話をした時よりも、状況が悪化することも想定していたのかもしれない。  星の寿命のことを知っている制星教会にとって、真姫は好奇心と救いの可能性であると同時に、絶対に殺さなければならない存在だ。対して俺も、人類で最初に星の使徒と遭遇し、あまつさえ会話をした人間。コミュニケーションが取れないとされていた星の使徒と会話をし、その上で人類よりも一人の女の子を選んだ重罪人。どっちもが研究対象であり、処刑対象だった。 「こうなる未来もあったのか」  俺は力なく真っ白なドアに背中を預ける。この部屋から出られる気がしなかった。  それに真姫は大丈夫だろうか? 一体どこに連れて行かれた? もしかしたらもうすでに……  頭の中を嫌な妄想が渦巻く。まだ妄想の域を出ないが、実際に行われる可能性が高い妄想だ。真姫を殺した後、彼女の体を余すことなく調べ上げ、崩壊病に対抗するアンサーを見つけるか? それか俺達の話を鵜呑みにして、真姫さえ死ねば崩壊病を無くせると思うのか。  だが実際は、あの星の使徒の言うことを信じるのならば、真姫が仮に今死んだところで崩壊病は無くならない。本当に真姫を含む変異種が全て死んだ場合でも、崩壊病で後一万人は死ぬ。それだけは変わらないのだ。 「ちょっと離して!」  俺が自身の頭の中の妄想を振り払っていると、ドアの外で愛しい声が聞こえる。それは紛れもなく真姫の声で、まだ殺されてはいないのだと安心した。 「大人しくしてろ! 会わせてやるから!」  真姫に対して言っているであろう台詞を吐く声は、聞き覚えがない男性の声だ。しかも結構年配の……。この制星教会にそんな高齢のスタッフなんていたか? 今まで見た記憶がない。  そんな思案をしていると、複数人の足音が俺が背を預けているドアの前で立ち止まる。  俺は急いでドアから離れ、今にも開けられそうなドアを凝視する。すると勢い良くドアが開けられ、一人の少女が中に飛びこんでくる。 「暮人! 大丈夫?」  部屋に飛び込んできた真姫は、両手を一杯に広げて俺の体を優しく包み込む。 「大丈夫、大丈夫だから一旦離れて」  俺は嬉しい気持ちとその反面、真姫の背中越しに目に入った、見覚えのある男の顔に意識を向ける。彼の顔は良く知っている。実際に話すのは初めてだが、この制星教会に所属している者なら誰でも知っている。  彼はこの制星教会の会長、星野厳正。先日亡くなった制星教会のメンバーの一人、荒木の友人であった、星野さんの実の父親にあたる人物だ。 「こうして面と向かって話すのは初めてだね? 知ってはいると思うが念のため……私は制星教会岬町支部会長、星野厳正。世界中の研究機関と協力し、崩壊病を食い止めるためにはなんでもやると覚悟している者だ」  最後の「なんでもやる者」というのが、今一番俺達に伝えたい事なのだろう。暗に崩壊病の為に死んでくれと言っているのだ。 「俺達を捕らえてどうするつもりですか?」  俺は一応尋ねる。 「そんなもの、君達が一番分かっているのではないのか?」  星野厳正は、その目つきをより鋭くさせる。その鋭い視線は、俺と真姫を交互に貫く。 「俺達を殺すと?」 「不本意ながら」  何が不本意だ。自分の息子までが崩壊病で亡くしたこの男が、不本意な訳がない。俺が真姫ではなく世界を選んでいれば、崩壊病は発生せず、彼の息子が死ぬことは無かったのだから。 「ただ殺すのか?」 「いや、麻酔で眠らした後、散々その不思議な体質を調べ上げてから処分する。解剖するのは、星の寿命を吸い続けているそこの小娘だけではなく、錦暮人君、君もだ。何故君が星の使徒とコミュニケーションを取れていたのか、それも気になっているからね」  星野厳正はそう言って、残忍な笑顔を浮かべる。子を失った親が狂ったというよりも、マッドサイエンティストの顔だ。コイツにとって息子の死など、ただの体のいい動機づけなのだろう。 「断ると言ったら?」  俺は一応の抵抗を試みる。ただやられるわけにはいかない。 「選択権が君にあるとでも? 今この瞬間にも世界のどこかで、崩壊病で亡くなっている人がいるんだ。それも君達の愚かな選択によって……分かるかね? 君達の選択の重さを、君達はキチンと計れているのか?」  星野厳正は如何にも正論だとでも言いたげに、ご高説を垂れる。  俺達の選択の重さ? どの口が言っている? 誰に向かって言っている?  「選択の重さ……?」  俺はゆっくりと立ち上がる。 「暮人?」  真姫は急に立ち上がった俺を不安そうに見つめている。 「今、選択の重さと言ったか? 一体誰に向かってその言葉を吐いている? 俺がどんな思いで十年間過ごしてきたと思っている?」 「そんなこと知るわけ……」  星野厳正は言い淀む。それだけ俺の顔が恐ろしかったのだろう。歪んでいたのだろう。 「だったら黙ってろよ。一体誰に向かって選択の重さを説くつもりだ? お前はしたことがあるのか? 世界で一番大切な存在と世界を天秤にかけられたことが、お前にあるのか? 仮にあったとして、お前はその選択の重さとやらをキチンと認識出来ていたか?」  俺は自身が、冷静とはほど遠い状態であることを理解していた。
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