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六人の神様
とある都の、少し大きな神社・漆面神社には、六人の兄弟神が祀られている。
名を、紅、蒼、白夜、蛛、炎、桃という。
この兄弟神はそれぞれ司るものが異なり、一人ひとり違う能力を持つ。
紅は光を、蒼は水を、白夜は雷を、蛛は蟲を、炎は火炎を、桃は草木を操る。
六人の兄弟神は、この能力を使って昔からこの都の者たちを護ってきた。都の者もまた、この兄弟神を祀り大切にしていた。神と人の距離は、これほどまでにないほど近づいていた。
「紅様~!!」
きゃっきゃとたくさんの子供たちが駆け寄ってくる。紅は、子供たちに優しい笑顔を見せた。
「みんなおはよう。今日も元気だね。」
「紅様!私今日ね、お母ちゃんのお手伝いしたのよ!」
「おれもうちの店のお手伝いした!!」
子供たちは甲高い声で、我先にと手伝い自慢を訴えた。
「よしよし。みんな偉いぞ。」
紅が子供たちの頭を優しく撫でてやると、みんな嬉しそうな顔をした。
「ほら、今日はいい天気だから、炎と川まで遊びにおゆき。」
紅は、子供たちの背中をおして遊びに行くように促した。
「おっしゃあ!!川まで競走だぁ!!」
子供たちはきゃっきゃと笑いながら、炎を追いかけて走って神社を後にした。
紅は遠くに走っていく小さな背中を見送りながら、少し微笑んでボソリと呟いた。
「全く子供というのは元気なものだな…。」
「よくあんな五月蝿いガキ共の相手ができるな。」
と、傍に立っている木の上から気だるそうな声が聞こえた。見上げると、太い木の枝にたち幹に寄りかかって煙管を吸っている蛛が、こちらを見下ろしていた。
「お前は炎を見習って、もう少し子供や人と接したらどうだ?」
紅は少し呆れたようにため息をつきながら蛛を見た。蛛はフンとそっぽを向き、皮肉たっぷりに言った。
「俺は炎のように子供じゃないんでな。」
煙管を吸い、紫色の煙をふーっと吐き出すと、枝から降りてスタスタと神社の境内へ行ってしまった。
紅はやれやれ、と困ったように苦笑いして神社の庭に向かった。
神社の庭には、大きな池と年中散らない桜がある。池には蓮の花が咲き、鮮やかな鯉や金魚が優雅に泳いでいる。
桃と蒼が、池のほとりで魚を眺めていた。
二人は生き物や植物が好きなので、よく一緒にいる。何かを話すこともなく、ただ二人で池を見つめているだけのようだが。あまりにも真剣な顔をして池を見つめる二人に声をかけるのはどうも気が引けたので、紅はしばらく様子を眺めることにした。
しばらく眺めていると、白夜が呑気に歩いてきた。
「そこで何してるんだ?」
桃が振り返り、にっこりと微笑んだ。
「池の魚たちに餌をあげたとこだよ!」
「…白夜もあげてみる?」
蒼が静かに呟いた。白夜はフム。と渡された魚の一袋の餌を、バサッと全部一気にまいてしまった。
「あー!ちょっと白夜!やりすぎだよぉ!」
「ん?これは全部あげるんじゃないのか?」
白夜は頭の上に?を浮かべてキョトンとしている。蒼は大量に撒かれた餌に群がる魚たちを無表情で見つめていた。
「餌はちょっとでいいんだよ!」
桃はぷくーっと頬を膨らませて怒った。
「そ、そうなのか。すまない、生き物というのはなかなか難しいものだな…。で、この魚たちはいつ食べられるようになるんだ?」
白夜が言い放った言葉にさらに怒った桃は、顔を赤くしながらポカポカと白夜の胸を叩いた。白夜は相変わらずよくわかっていないような顔をして、桃にされるがまま首を傾げていた。
一連の出来事を見ていた紅は、全く平和なものだ、とくすりと笑った。空を見上げると、初夏の白い雲が流れ、爽やかな風が頬を撫でた。
(平和、か…。)
紅は空を見上げながら、心の中で呟いた。このままずっと平和な日常が過ぎていけばいいのになぁと、心からそう思っていた。
午後の爽やかな風に混じって、嫌な気配と不気味な視線が紅の背中を撫で上げた。思わず後ろを振り返るが、特に何がいるわけでもなかった。
(なんだろう、この胸騒ぎは…。)
紅は自分の胸を押さえ、不吉な感覚に違和感を感じていた。さっきまで晴れていた空はほんの少し雲に隠れて日の光を抑えていた。
その日の夜、事件が起こった。
ある一組の夫婦が漆面神社に息を切らし、駆け込んできた。
「娘を…!娘を見ていませんか!?」
「落ち着きなさい。何があったか、ゆっくり話してくれないか。」
紅は夫婦を落ち着かせるために、優しくなだめた。
「私たちの娘を見ていませんか…!今日の昼に市へ出かけたっきり、帰ってこないんです!」
夫が妻の肩を抱きながら少し早口で言った。夫は額に冷や汗をかいて不安そうな顔をしている。
「あの子が家出なんてするはずもないし、夕方には必ず戻ってくるのに、一向に帰ってこないんです…。人攫いにあったんじゃないかと心配で…!」
妻は両手で顔を覆い、泣き出してしまった。
「紅様、どうか娘を探し出してください!どうか…どうか…!」
紅は不安を取り除くように優しく落ち着いた声色で、夫人の肩に手をおいた。
「安心しなさい。必ず娘を連れ戻そう。」
「ありがとうございます…!ありがとうございます…!」
夫婦は兄弟神たちに何度も頭を下げながら感謝の言葉を言い続けた。
蛛は、夫婦の足元に小さな黒い百足が這っていくのを見つけ、少し目を細めた。
「消えたのは年頃の若い娘か…。」
白夜が腕組みをしながら、呟いた。
「人攫い…かな?」
桃が身を乗り出して聞いた。
「まぁその説が有力だな。今頃その娘は吉原にでも売り出されているだろう。」
蛛が面倒くさそうに頭を掻き、桃に答えた。
蛛はこの事件にあまり興味が無いらしい。
「クソ、若い娘を攫おうなんざ、外道のやることだ!」
炎は拳を握りしめ、歯を食いしばった。
今までずっと黙っていた蒼が、静かに呟いた。
「……人攫いじゃないかもしれない。」
「そうだな。蒼の言う通り、まだ人攫いだと決まったわけじゃない。」
紅は蒼の言葉に頷いた。
「とにかくまずは聞き込みからだ。明日、娘が向かった市へ行ってみよう。」
兄弟神たちは紅に同意し、市へ行くことになった。
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