消えた娘

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消えた娘

「ん~…すまないねぇ。そんな子は見てないよ。」 「そうか…御協力感謝する。」 白夜と炎は都の西側で聞き込みをしていたが、あまり有益な情報は手に入っていなかった。 「誰も知らないの一点張りか…これ以上聞き込みしても無駄なんじゃねぇのか?白夜。」 炎がつまらなさそうに頭を掻きながら言った。 「そうだな…もうじき日が暮れるし、神社に戻ろうか。」 白夜は(あかね)色に染まった空を見つめて、ため息をついた。 「何も収穫は無し、か。」 「大丈夫だって!他の兄弟がなんか情報持ってるかもしれねぇじゃねぇか!さっさと戻って待ってりゃいいさ、な?」 炎は白夜が少し肩を落としているのを見て、彼なりに励ました。 「…あぁ。そうだな、炎。」 白夜は炎なりの気遣いに、ふふふと笑った。 二人が神社に戻っている途中、白夜の視界に若い娘が歩いているのが写った。娘の足取りは少しふらふらとしていて、まるで操り人形のようだった。 「炎、先に戻っててくれ。私もすぐに行くから。」 「んお?あぁ、わかった。」 白夜は炎を先に行かせて、その娘の元へ歩いていった。 「そこのお嬢さん、大丈夫かい?具合が悪いなら私が送るよ。」 そう言って白夜が娘の手首を掴んだ。手首には見たことのない赤い痣があった。 (!この痣はもしや…) 娘はゆらりと振り返ると、虚ろな目で白夜を見つめた。その娘は、今朝茶屋にいた娘たちの1人だった。 「君は今朝の…?」 娘の瞳はとても不気味で、白夜を見つめているようで何も見えていない様だった。そして掠れた小さな声で呟いた。 「…呼ばれて、いるの…あの、方に…。私…行かなくちゃ…。」 そう言うと、白夜の手を振りほどき、また歩きはじめた。 「待ってくれ!行ってはいけない!目を覚ませ!君は操られているんだ!!」 白夜が娘を追いかけようとすると、身体が金縛りになったようにぴたりと停止して、一歩も動けなくなった。 (ぐっ、身体が動かない…!) 何とか動こうともがいているうちに娘はどんどん離れていき、路地の暗闇に吸い込まれるように消えてしまった。白夜は呆然と立ち尽くし、娘が消えてしまった路地を見つめていた。 「早く皆に知らせなければ…!」 白夜はいつの間にか動けるようになった身体に力を込め、バッと高く飛んで素早く民家の屋根の上を駆け抜けた。 その頃他の兄弟神たちは神社に戻り、得た情報を報告しあっていた。 「西側で妙を見た奴はいなかったぜ。」 「東側は何人か目撃者がいたよ!東にある森に向かってたって!」 桃と炎の報告を聞いて、紅はうーんと考え込んだ。 「あの森か…悪い予感しかしないな。蛛、痣と虫のことは何かわかったかい?」 「痣は、どの虫の噛み跡とも合致しなかった。だが、少し心当たりがある。」 そう言うと蛛は、机にドンッと瓶を置いた。瓶の中身を覗くと、一匹の小さな黒い百足がカサカサと動き回っていた。 「百足?」 桃が首を傾げると、あぁ。と愛想のない返事を返した。 「この百足は昨日の夜に来た夫婦の足元にいた百足だ。捕まえておいて正解だった。(わず)かだが妖力を感じる。定めた獲物以外には噛みつかないようになっているらしい。」 蛛は、瓶の中に手を突っ込んで百足に近づけた。百足はまるでその手から逃れるように瓶の底を走り回った。 「桃、この百足の声を聴くことはできるかい?」 紅が聞くと、桃は耳に手を当てて集中した。 「ん~…何か言ってるけど、はっきりはわかんないなぁ。妖力で作った生き物だから、意思はないだろうし。」 「そうか…。」 紅は瓶の百足を見つめ、眉間に皺を寄せた。ふと、蒼が疑問を呟いた。 「…でもどうやって神社の敷地内へ入ったんだろう…。」 蒼の言葉を聞いて、確かに、と炎が頷いた。 「神社には俺たちの結界があるんだ、妖の(たぐ)いは入ってこれねぇはずだろ?」 「それが一番の問題なんだ。」 紅が炎に言った。 「書妖によると、狙った獲物に印をつけて(おび)き寄せるような妖はいるが、どれも今回のものとは違うらしいんだ。」 紅は顎に手をあてて、考えこんだ。 「妖の仕業(しわざ)じゃないの!?」 桃は驚きのあまり、身を乗り出した。滅多に表情を見せない蒼も、驚きを隠せなかった。 「妖でも人でもない…。」 「…後に残る選択肢はひとつ。」 蛛はやれやれと首を横に振った。紅も信じたくはないが…とため息をついた。 「まさか俺たちとは別の神が?」 「それしかないだろうな。…書妖は八百万(やおよろず)もいる妖の事は全て把握しているが、神は別だ。」 兄弟神たちは驚きを隠せないでいた。この地域には、昔から兄弟神以外にも複数の神が存在していた。人間の想いから生まれた神は、信仰の力がないとその存在を保てずに消えてしまう。完全に忘れられてしまったら、その記憶と共に消えて無くなるのだ。そうやっていなくなった神を、兄弟神たちは何人も知っている。 「じゃあ僕たちの他にもまだ神様がいるんだ!!」 桃は興奮して顔を赤らめ、目を輝かせていた。 「なら会いに行こうよ!ちゃんと話せばわかってくれるかもしれない!僕、その神様に会ってみたい!!」 桃はキラキラとした目で他の兄弟神たちを見つめたが、皆難しい顔をするだけで桃に賛成する者はいなかった。 「ダメだ。」 蛛が鋭く言い放った。桃は肩をびくっと震わせて蛛を見た。 「どうして?」 「恐らくその神は邪神(じゃしん)になっている。わざわざ使いを寄越して人を攫うような神だ。並の神よりももっと力も強いだろう。お前が思っている程生易しいものじゃない。下手な真似をすれば俺たちまで(けが)れをもらうぞ。」 邪神の恐ろしさは、神が一番よく知っている。 邪神とは、信仰を無くした代わりに、怒りや憎しみを糧として、堕ちた神のこと。神がもつ神聖な力は、少しでも憎しみや恨みといった負の感情に触れると、穢れてしまう。 「一度邪神になった神は二度と元には戻れない。そうなれば、(私たち)の手で浄め祓わなければならない。…そういう決まりなんだ。」 桃は悲しそうな顔をして俯いた。 「そんなこと、したくないよ…。僕らと同じ神様なのに…。」 「仕方がないことなんだ。人間を護ることが私たち土地神の役目。人に害をなす者は私たちが手を下さなければならない。お前もわかっているはずだ、桃。」 紅が優しく諭すように言うと、桃は目に涙を浮かべながら静かにこくりと頷いた。 「蛛、手首に痣をつけていた娘を連れてこられるか?」 「あぁ。」 蛛は相変わらず愛想のない返事を返した。 「では、頼む。」 蛛が障子を開けようと手をかける前に、勢いよく障子が開いて息を切らした白夜が立っていた。その勢いに蛛はうわっ、と声をあげて思わず仰け反った。 「白夜、どうしー」 「娘が攫われた!」 紅が聞くよりも早く、白夜は早口で言った。 「今朝茶屋にいた娘だ!手首に赤い痣がついていたんだ。『あの方に呼ばれている』と言っていた。追いかけようとしたが、見えない力に邪魔されて助けることができなかった…。不甲斐(ふがい)ない…土地神だというのに目の前の娘一人救えないとは…すまない!」 白夜は悔しそうに歯を食いしばって(おのれ)を責めた。 「白夜落ち着け!お前は悪くないよ。自分を責めるよりも攫われた娘たちを探すのが先だ。私たちがついているんだ、きっと救い出せる。」 紅は悔しさで震える白夜の肩をぽんと叩き、励ました。白夜は目を伏せたまま、本当にすまない、と呟いた。 「これで二人目…俺たちが知っている他にも痣がある娘はたくさんいるはずだ。急がないと手遅れになるぞ、紅。」 蛛が腕を組みながら言った。 「あぁ、何か早く手を打たねば…。その邪神が森にいるのならば、森に棲みつく妖に聞く方が早いだろう。書妖なら、森に棲む妖も知っているかもしれない。」 兄弟神たちは書妖に話を聞くために、神社の敷地内にある蔵へ向かった。
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