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繰り返す夢
白夜が急いで一人残された娘に駆け寄り抱き起こした。
「君、大丈夫かい?怪我はないかい?」
娘に目立った傷はない。紅が放った弓矢は光でできたものだったので、当たっても害はないようだった。二、三度声をかけると、娘がゆっくり目を開けた。
「あぁ、良かった…。」
白夜は安堵に胸を撫で下ろした。他の兄弟神たちもとりあえずほっと安堵していた。
「気分はどう?君、名前は?」
桃が娘の顔心配そうに覗き込んだ。娘は少し戸惑いながらもゆっくりと口を開いた。
「…静璃です。」
「静璃か、いい名前だ。立てるかい?」
白夜が安心させるように優しく言い、手を添えながら立たせた。静璃はまだ自分の状況があまり把握できていないようで、辺りをきょろきょろと見回している。
「私の他の子たちは…?」
静璃がおずおずと尋ねると、蒼が小さく呟いた。
「…攫われた。」
蒼の言葉を聞いて兄弟神たちは少し俯いた。紅が申し訳なさそうに言った。
「君の他は護れなかった…。邪神に連れ攫われてしまったんだ。君だけは何とか助け出せたんだ。」
紅は少しの沈黙の後、静璃に向き直りしっかりと目を見つめた。
「だが、これ以上相手の好きにはさせない。君を絶対に守り抜くと誓おう。」
静璃は紅の真っ直ぐな瞳にこくり、と静かに頷いた。
「では静璃。一人でいるのは危ないから、しばらくの間は私たちと共に行動してくれ。部屋もこちらで用意しよう。わかったかい?」
静璃は不安そうな顔はしているが、紅の言葉にはい、と返事をした。
「よろしくお願い致します。」
静璃は兄弟神たちに丁寧にぺこりとお辞儀をした。
兄弟神たちは静璃を境内の空き部屋に案内した。部屋には既に召使いたちが布団を用意していた。
「この部屋で寝泊まりをしてくれ。部屋にある物は好きに使ってくれて構わない。と言っても年頃の娘が好む物はあまりないが…。」
「いえ、十分でございます。お気を遣っていただいて恐縮です…。」
静璃は慌ててお礼を言った。紅はまだ緊張している静璃に優しく言った。
「そうかい、何か必要な物があれば境内にいる召使いたちに言ってくれ。私たちの部屋はすぐ隣りだから、何かあったらすぐ呼びなさい。いいね?」
静璃はこくこくと頷いた。すると桃が静璃の手を取りにこにこしながら言った。
「もし眠れなかったり寂しかったら僕のお部屋へおいでよ!眠れるまで一緒に遊んであげる!」
静璃が驚いて目を丸くすると、炎が桃をつまみ上げて引き剥がした。
「バーカ!静璃はおめぇみてぇなガキに用はねぇよ!こんなちんちくりんよりも俺の方がいいだろ?なぁ静璃?」
炎がにやにやしながら静璃に聞くと呆れ顔の蛛が炎にげんこつを食らわせた。
「やめろ阿呆。」
紅は静璃に気にしないでくれ、と困り顔で続けた。
「君には聞きたいことが山ほどあるが…今日は疲れているだろうしまた明日にしよう。ゆっくり休むといい。」
紅は優しく静璃の肩をぽんと叩いた。
「…ありがとうございます。お休みなさいませ。」
静璃はぺこりと兄弟神たちにお辞儀をした。
兄弟神たちもそれぞれ挨拶を交わすと、部屋に戻っていった。
静璃は部屋に入ると、結っていた髪をするりとほどき、布団に入った。
(…何だか、嘘みたい。)
静璃は天井を見つめながら考えた。今日ここに集められた事、先程起こった出来事、自分しか助からなかった事、兄弟神としばらく暮らす事…どれも信じられない。夢なのではと疑ってしまうほど奇想天外なことが一日で起こった。
静璃は自分の着物を捲りあげ、右腕についた赤い痣を見つめた。
気がついたらできていたこの痣。これが全ての原因。もしかしたら自分も攫われてしまうかもしれない。明日には他の娘たちと同じ運命を辿るかもしれない。…でも不思議と怖くはなかった。兄弟神たちが守ってくれるからではなく、この痣に恐怖を感じなかった。理由はわからないが、何故か平気だった。
(なんでだろう…怖くないや。)
だんだんと眠気で遠のいていく意識の中で、ぼんやりと思った。
静璃は、そのまま眠りについた。
スースーと規則正しい寝息を立てている静璃の枕元に、一匹の小さな百足が這いよった。百足は静璃の枕元まで近寄り、そのままピタリと止まると静かに煙になって消えた。
その夜、静璃は夢を見た。この頃いつも同じ夢を見ている。しかし悪夢ではなかった。
夢の中に出てくるのは決まって二人の仲睦まじい男女だった。きっと夫婦なのだろう。暖かい陽の入る縁側で二人はぴったりと肩を並べ、くすくすと談笑をしていた。何を話しているのかは聞き取れなかったが、そのふたつの背中はとても幸せそうだった。
優しくて暖かく、どこか懐かしく感じる夢。でも、いつもその夢を見た後は悲しい気持ちになった。
夢に出てくる男は、人間ではなかった。見た目ではあまりわからないが、醸し出す雰囲気がそう思わせた。夢の最後は、決まって二人がこちらを振り返る。その二人の顔はぼんやりとしていてはっきり見えなかった。
いつもはそこで目が覚める。だが、その夜の夢は違った。
いつもの縁側に座っていたのは男だけだった。縁側にはいつも暖かい陽がさしているのに、雨が降っていた。男は頭を抱え、何かを叫びながら泣いている。だんだんと男の声がはっきりと聞こえてきた。
「…ょ…ょ…!…かよ…!!華世…!!!」
男は泣きながら誰かの名前を呼んでいた。
(かよ?誰だろう…。どこかで…)
静璃は聞き覚えのある名前に、違和感を感じていた。確かに知っている名前のはずなのに、思い出せない。
泣き叫んでいる男の姿はみるみる変わっていき、恐ろしい百足の化物になっていった。その怪物がゆっくりとこちらを振り返ろうとした時、目の前が急に真っ暗になり、何も見えなくなった。気がつくと、あの男の隣りにいた女がこちらに背を向けて立っていた。女はゆっくりと振り返った。その女の顔が初めてはっきりと見えた時、静璃はドキリと心臓が脈打つのがわかった。
女の顔は静璃だった。
正確に言えば、静璃にそっくりだった。違うところと言えば、目元のほくろがあるかないかの違いだけだった。
女は悲しそうに顔を歪めて、はっきりと呟いた。
静璃はハッと目を覚ました。額に汗が滲み、少し息が上がっている。夢の最後にあの静璃そっくりの女の声がまだ耳に残っている。
「…とどろき…様…」
静璃は女の言葉を、声に出して言ってみた。あの泣いていた男の名前だろうか。あの男も華世という誰かの名前を呼んでいた。
なぜ、夢はいつもと違ったのだろうか。
あの男は何者なのか。
私にそっくりの女は、誰なのか…。
考えれば考えるほどキリのない疑問が浮かんでくる。
「…はぁー…」
静璃は長いため息をつき、考えるのをやめた。もう一度眠ろうと目を瞑ったが、結局朝まで眠ることはできなかった。
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