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序章 雨の日の話
今日は雨。
人の来ない田舎の、山の麓のバス停で、1時間前に行ってしまったバスをただひたすらに待ち続けていた。
雨は、バス停の古いトタンの屋根を耳障りな音で、激しく打ち続けている。
何度見ても変わらない時刻表をちらりと見ながら、ぼーっと座っていると
「横、座ってもいいかい?」
と、白髪の若い男に声をかけられた。いつの間に来たのだろう。今まで人の気配などなかったはずなのに。少し驚きながらも、どうぞ、と隣りを譲ると男はするりと横に腰掛けた。
雨の中、傘も持たず歩いてここへ来ているはずなのに、不思議と男は雫のひとつも濡れていなかった。
「雨は嫌だねぇ。冷たいし寒いしさ。」
男はやれやれと言いながら、雨に対して少し不満を口にした。
雨を見つめる男の顔はとても白く、美しかった。耳には、鮮やかな翠色の耳飾りが揺れていた。ついその横顔に見入っていると、男はこちらを向き、ふふふと笑った。
「僕の顔に何かついてるかい?」
柄にもなく男の顔に見とれていたのが恥ずかしくなり、慌てて視線を外す。
「恥ずかしがらなくてもいいのに。」
男はくすくすと、鈴の音が鳴るような声で笑った。
「こんな雨の中で何時間も待つなんて、つまらないよね。」
と言うと、こちらへ向き直り、ずいっと顔を近づけた。その細い目からのぞく翡翠色の瞳が、真っすぐ見つめて離さない。男は、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、こちらの顔を覗き込む。そして、こんなことを口にした。
ーーひとつ、面白い話をしてあげようか。
この世には、いろんな神がいる。その数は数え切れないほど…つまり、八百万もいるんだ。
今から話すのは、昔あったとある都の、六人の兄弟神の話………。
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