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「、なに…!?」
身体のバランスが崩れて、自転車の荷台に腰掛けるような姿勢が作られれば、男はそのまま進行方向を変えて勢いよくペダルを漕ぎ出した。
「ちょっと、あんたさっきから何なの…!」
「分かっただろ」
「はい!?」
「お前には、あの道を通れない」
びゅんびゅんと風を切って自転車を進ませる男が、前を見つめたまま冷静に言い放つ。目前の白いシャツがまるでレフ板のように陽光を反射させていて、勝手に光が集まってきらきら輝く様子に思わず目を細めた。
「節に、きいたの?」
「……」
「――私が、"見える"って」
震える声で伝えても、保城は特に返事をせずに変わらず自転車を漕ぎ続けている。でも私の言葉に驚くこともなくて、きっとそれは肯定の代わりなのだと知る。
きゅ、と男のシャツをバレないように小さく掴んだ。
――いつからかは、分からない。だけど、他の人達が「見えなくて良いもの」が、幼い頃から見えた。道端でも、公園でも、いろんな所で。それらは人の輪郭をちゃんとはっきり保っていて、唯一違うのは実際に触れられないことくらいで、区別のつけようが無いくらいに日常に溶け込んでいた。
そこに怖さを抱くことも、さほどなかった。
『そこに居る子は、仲間に入れなくて良いの?』
見えることが普通では無いと気付けない幼さの所為で、言わなくて良いことを言ってしまった過去がある。遊んでいる時に私が放った言葉は、周囲を怖がらせるには充分過ぎた。
「珠杏ちゃんと遊ばない方がいい」なんて、私が友達の親御さんでもそう言うかもしれない。自分達には確認の仕様が無いものを口にする人間の得体の知れなさを遠ざけたくなる気持ちは、私にも分かる。
分かるからこそ、「黙って飲み込まなければならない」と自分を押し殺すことが、寂しかった。
『珠杏ーー!あーそーぼ!かくれんぼしよ!』
『ふたりじゃ、できないよ』
『珠杏いっぱい友達見えるだろ!?気になるやつはどんどん誘え!』
『……節には見えないじゃん』
『ばっか、見えない敵とか燃えるだろ!俺が鬼やるから全員でかかってこい!』
だからこそ、そういう私を知っても何一つ変わらなかった、幼馴染の多賀谷 節の存在はかけがえが無かった。家族ぐるみでの付き合いも変わらなくて、私の両親も相当、感謝していた。今思えば、幽霊のことを"敵"とか言っちゃうあの男は、怖いもの知らず過ぎるけれど。
幼稚園や小学校では、"見える"ことを何度か失言して、結局浮いてしまった。だからそのまま地元の中学へは行かず、受験をして遠い学校へ進んでからは、なるべく平穏に過ごそうと心がけた。
学校なんて余計、色んな人の思い出がある分「見える」場所だったけど、大きくなるにつれて、それらに気を取られないような振る舞いをすることは上手くなった。
そうやって、「ちゃんと隠して」ずっと過ごしていけば良かったのに。
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