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「…お前が入学してくる前、必死だったけどな」
「え?」
「"遠回りでも、珠杏が楽しくなる通学路にしないと!"って張り切ってた」
嗚呼それで、登校初日、道の途中にある魅力を無理やり私に伝えてきていたのかと合点がいった。
『ちゃんと少年ジャ●プの最新号、教えたコンビニで読んでから行け!?』
『馬鹿なの?というか節の連絡が遅いから遅刻しそうだし、今日は普通の通学路で行ってみようかな』
『おいこら待て馬鹿、何を愚かな!』
今朝もやけに必死だった理由が分かって、夏の風を切りながら口角がふと上がる。正直に言えば良いのに、また私が気を遣うと思ったのだろうか。
「……節、バカだなあ」
おバカで、すごく優しい。昔から変わらない。
心に流れ込む温かさで、先程の感じた身体の強張りが少しずつ解けていく感覚がある。
――でも、結局自転車で私を追いかけてきて、高校まで乗せてくれるこの男のことは、掴めないままだ。
「…保城君」
「あ?」
「…保城君は、私のこと怖くないの」
そんな風に態々確かめるみたいなことを尋ねてしまったのは、どうしてだったのか。
「怖くない」
はっとして「なんでもない」と訂正しようとしたら、なんの迷いも無く伝えられて、暫くその背中を見つめてしまっていた。
「怖くないけど、うるさいし面倒」
「またそれか…!!」
そして付け足された言葉に怒る。だって、怒りで誤魔化さなければ、はっきり否定してくれたことに何故か涙腺が緩んで取り返しがつかなくなってしまいそうだった。
「というか保城君は、どうしてこっちの道使ってるの?遠回りなのに。もしかして途中の自販機、当たりが出やすいから?」
「あのバカと一緒にすんな」
「じゃあなに」
む、として問いかけると暫しの沈黙が生まれる。節が教えてくれたこの道の良さは、後は確か。
『途中のバス停で降りる、近くの女子高の生徒を沢山拝める』
節に聞いた時は、バカじゃ無いのと一蹴したけどもしかしてこの男も――、
「あのコンビニ、朝からホットスナックの在庫豊富だから。食べたいと思った時にちゃんと、買い食い出来る」
低い声のまま、今しがた通り過ぎたコンビニを指差して説明されたことにぽかんと口が開く。
「……え、それだけ?」
「は?文句あんの」
ちら、と一瞬後ろを向いた保城は、不満げに私を睨んでからまた前を向く。
なんだそれ。
「朝から食い意地張り過ぎでしょ。節とくだらなさ変わんないわ」
「お前降り落とすぞ」
不機嫌に自転車のスピードを上げる男に振り落とされないよう、慌ててシャツをぎゅ、と握る。
「女子高生を拝むため」じゃなかったと確かめた瞬間にどうしてホッとしてしまったのか、自分の感情の筈なのに、よく分からないままだった。
1.その回り道は、優しさの証拠
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