2.その回り道で、悔しさの昇華

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―――――――― ―――― 「あ、おはよう珠杏」 「おはよう、よーちゃん」 月曜日の朝は、週末の出来事について会話が盛り上がる生徒達によって昇降口の段階から一層騒がしい。上靴に履き替えていると、クールビューティなオーラを今日も全身から放つよーちゃんが隣に立った。 「はー、土曜日のこと思い出したらほんっと後味悪い」 「…そうだね」 自分のローファーを仕舞いながら大きく溜息を吐くよーちゃんには激しく同意するしかない。 どんよりする気持ちを抱えながら、スクールバッグを肩にかけ直した時だった。 「野球部、土曜日の試合負けたって」 「え、そーなん?じゃあ3年はもう引退?」 「そうそう。なんか2年の保城、スタメン入りしてたのに試合遅刻してきたらしい」 「まじ!?調子乗りすぎじゃね」 靴箱を隔てた反対側から、男子生徒達の噂話が聞こえてきた。 「あいついつも成績も良いし顔も良いし、すかしててなんか前からムカつくんだよなあ」 「それただの嫉妬じゃん」 げらげらと笑いながら保城のことを話すその会話を聞き終えたよーちゃんが、怒りながら下駄箱の扉を強く閉めて舌打ちを漏らした。 「あーーーーむかつく!!!」 「よーちゃん、落ち着いて」 「大体、保城もなんなの!?ちゃんと事情言えば良いじゃん、何格好つけてんの!?」 「――俺が、何」 お怒りモードのよーちゃんを宥めるのに気を取られて、背後に近づいていた長身の男に気が付かなかった。「邪魔」と割って入った保城は、全く表情を動かすことなく自分の靴を取り出して履き替える。 「あのさあ、あんた。そういう態度だから余計反感買うんでしょうが」 「関係ないだろ」 容赦なく遮断する男の冷えた声に、よーちゃんが無言のままいよいよ怒り狂って倒れそうになっている。そのまま私達に目もくれず、立ち去ろうとする男の背中に思わず声をかけた。 「保城!あのさ、」 「……なに?」 「…あの」 節に提案されて、土曜は約束通り、よーちゃんと待ち合わせて野球部の公式試合に足を運んだ。そこそこ多くの生徒が見にきていて、中には「保城君」という単語も聞こえてきたりして、その度に何故かモヤモヤが募る自分は、やっぱりおかしい気がした。 ――だけど結局、保城は試合の集合時間に姿を見せなかった。 「なんも無いなら、もう行くけど」 「あ」とか「う」とか情け無い、言葉にもならない音を出すだけの私をいつもの仏頂面で見つめていた男は、そのまま痺れを切らしたかのように教室へと向かってしまった。 ――私は、何が言いたかったの。 「はーーーー!あの男なんなの、面倒くさ」 疲弊したよーちゃんが「うちらも行こ」と促してくる間もずっと、懸命に保城に言うべき言葉を探していた。
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