2.その回り道で、悔しさの昇華

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―――――――― ―――― 「お、おはよ」 「…は?」 仏頂面を携えた男が駅の駐輪場から出てきたところで声をかけると、自転車に跨ってイヤホンを装着しようとしていた男が、虚をつかれたように間抜けな顔で固まった。 「…何してんの」 「み、見たらわかるでしょ」 「分かんねーけど」 「あんたのこと待ってたんでしょうが」 ぽかんと口を開いて、私の言葉を理解しようとしている男は、やはりよく意図が分からないのか眉を寄せて首を傾げている。 「……保城」 「なに」 「ちょっとあんたの自転車貸して」 「は?なんで」 「私が運転するから」 「はあ?……おい…!」 全く話が掴めないであろう男に近づいて、無理やり運転するポジションを張り手で奪う。呆気に取られて隣で立ち尽くす男を気まずさを抱えながらも睨み上げた。 「早く後ろ乗って…!あんまりもう時間無いんだから」 「お前なんなの」 「……なんなのって?」 「この奇想天外さ、何。もしかして節が乗り移ってんの?」 「物騒なこと言わないでくれる?」 考えただけで怖かった。脳内でおバカな幼馴染が満面の笑顔でこちらに手を振っている。でもとにかくこの面倒な男を此処から連れ出さないことには、何も始まらない。 「良いから、早く!」 ぐい、と男の左腕を引っ張って無理矢理に自分の腰元へと誘導する。待ってなんかこれ、私の行動まずい?と一瞬不安になりながらも、もうここまでやったんだからと振り切った。 そうして、後ろの荷台に戸惑いながらも腰を下ろした男の体重を感じた瞬間、思い切りペダルを漕ぎ始めた。 ◆ 「…はい」 「……何」 「…か、からあげサン全種類ですけど」 コンビニの駐車場の端に自転車を停めて、サドルに腰を下ろす男に袋を突き出した。中に入れられたものは、ほかほかと熱を保っているのが分かる。『からあげサン』という小ぶりな唐揚げが5つ入った人気商品は夏季限定フレーバーのホットチリや塩レモンも販売されていた。確かにこのコンビニは保城の言う通り、朝でもホットスナックのラインナップが豊富らしい。 受け取った保城が、袋の中身を確認して「え、なんで」と当然の疑問を口にする。 「好きなんでしょ?」 「……いや、まあ」 「あのさ」 「うん」 「とにかく、いっぱい食べた方が良いんじゃ無い!?」 「は?」 ――嗚呼もう、私は何を言っているの。 『臨を元気付けたい?』 『だってなんか、全部自分の中に殺して、そういうのしんどいでしょ』 『だから、からあげサン?』 『……食べるのが1番元気出るじゃん』 『それはそうだね、珠杏ちゃん可愛いね』 『馬鹿にしてんの?』 節に提案した時は、もっと素直に言えていたのに。「いっぱい食べろ」じゃなくて「元気出して」って言いたかっただけなのに。 自分のダメさ加減に気付いて頭を抱えていると、袋を握りしめたままの保城が「なあ」と低い声で言った。
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