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「なんでしょうか」
「自転車、運転変わったのはなんで」
「……だってなんか…、」
「なに」
「なんか、あんたを励ます会なのに、私が偉そうに後ろ乗るのは違うじゃん…」
苦しく吐き出した本音を聞き終えた男と、気まずすぎる沈黙が生まれる。何これ、もしかしてどん引きされてる?
まだ道の先では節がスタンバイしてるのに、とどんどん自信が無くなっていく私にふと小さな笑い声が届いた。
「…なんだよそれ」
そして、眉を少し下げて視線をずらした男が見せた可愛らしい笑顔に今度は私が固まってしまった。驚いて凝視していたのに気付いた男が、直ぐにまた無表情に戻る。
「……保城、笑えるんだ」
「うるせえわ」
「そういうの、ちゃんと、見せなよ」
「……え?」
私の声がいつもと違ったからか、精悍な顔立ちの男が再びこちらに視線を向ける。意外そうに目をまじろぐ保城を見ていたら、何故だか気持ちが緩んで瞼が熱を帯びて膨らむのがわかった。
「悔しいとか、しんどいとか、ちゃんともっと言いなよ。自分の中で全部、完結させようとしないでよ」
「…おい…?」
「"俺が悪い"って思って全部飲み込むのは凄いって思うけど。誰かには本音吐き出さないと、保城の心にばっかり負担がいくし」
『結局、全部見下してんだろどうせ』
『お前のこと仲間だと思うの無理だわ』
嗚呼そうだ、私。1人頭を下げて何一つ言い訳をしなかったこの男に。
「傷付いた時は、素直に言って良いんだよ。まだ諦めないで。縋ることも別に、格好悪くなんかないよ」
これを、言いたかった。
――『なんか一緒に居るの怖いね』
あの時の自分にも言ってあげたかった。
「自分のせいだから」って、簡単に諦めてしまわなくても良いんだよって。
"アキちゃん怖がらせてごめんね。上手く出来なかったけど、私のこと、もっとちゃんと知ってほしい"
本当は、みんなにもそう言いたかった。
保城に同じ思いはさせたくないとか、それこそ私の傲慢でしかないかもしれない。勝手に自分のことと重ねて泣かれて、さぞ迷惑だろうなと思いながらも涙を頬を伝うのを止められなかった。
でも、どんなに暑い日も寒い日も、毎日節と部活に向かって、グラウンドで声を出して練習に励む姿を知っているから。大切に築いた筈の場所を簡単に失わないで欲しい。
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