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「…泣くのは無しだろ」
目の前まで近づいてきた男が、どこかいつもと違って気まずそうな表情で顔を覗き込んでくる。
「泣いてませんけども」
「あー、うん。あっそ」
ず、と勢いよく鼻をすすって睨み上げれば、想像よりも随分と柔らかい顔をした男が溜息を漏らす。
「…誰かに本音吐き出したい時、」
「うん?」
「お前に言えば良いの?」
「え……!!?」
尋ねられたことに驚愕してしまった。ぎょっと目を大きくしながら、確かにさっきの流れは「私に言ってほしい」と伝えているも同然な気がしてきた。
涙が止まった代わりに、勝手に顔に熱が帯びる。なんかとんでもないようなことを言った気がしてきて「いやそれはどうかな!?」と不自然に目を泳がせる。
「なんなんだよお前、わけわかんねえ」
「いやそんなこと言われても」
「もう良いわ、早く励ませ俺のこと」
「……あんた途端に厚かましくなったね」
荷台にちょこんと腰を下ろした男は、ちゃんと私が手渡したからあげさんが沢山入った袋を抱えて、自転車を運転するよう仏頂面のまま促してくる。
「お前もっと気合い入れて漕げよ、スピードおせえ」
「あーはいはい」
「あとあんまりガタガタした道通んな、乗り心地悪いしケツ痛い」
「ちょっと!注文多いな!?」
ぐるんと勢いよく後ろを向いて注意がそれた瞬間、前方に転がっていた小石をタイヤで思い切り踏んだらしく、急にハンドル操作が難しくなる。
「――――珠杏!!」
自転車ごとバランスが崩れそうになると、背後から今まで聞いたことないくらい焦りを含んだ声で名前を呼ばれた。そして後ろからまるで抱き締めるみたいに逞しい腕が胴に巻かれて、同時にふわりと柑橘系の香りが鼻腔を擽った。
「…お前ふざけんなよ」
「……す、すいません」
舌打ち混じりに吐かれた言葉は紛れもなく保城のもので、私を後ろから支える男が、片脚を地面について自転車が転倒するのも防いでくれたのだとそこで知る。
はあ、と安堵したような息遣いが耳元で感じられて、お腹に回った腕の力強さも知って、体温が沸々と上昇していくのが分かる。
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