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――しかも今、"珠杏"って呼ばれた?
余計なことばかり気付く自分の顔は相当真っ赤だと思う。「運転変わるから、どけ」と声をかけてきた男がそれに気付いて意外そうな顔をした後、愉悦の溶けた笑みを浮かべていたのは腹立たしかった。
「おおおい、そこのツンデレな2人!いつまで僕のこと待たせるんですか!?」
朝っぱらから元気いっぱいの節が、全速力で飼い主を見つけた子犬のように私たちに駆け寄ってくる。
「ごめん節、ちょっと手こずった」
「…何、お前も居たの」
「居たよ!?臨ちゃんのために、あっこの自販機で当たり出すんで見守ってくれません!?」
そして鼻息を荒くして、節曰く"当たりが出やすい"自販機へ向かおうとする男を「嫌だ」と保城は残酷にも一蹴した。
「臨ちゃん!?僕だって臨ちゃん元気付けたいんですけど!?」
「……節」
「…ん?」
「今日放課後、野球部でちゃんと説明するわ」
「え、」
自転車に跨って器用に止まる男は、前を向いたまま低い声で言葉を繋げる。
「迷惑かけたのは俺で、"家庭の事情"とか説明すんのも同情誘うみたいで嫌だった。だからなんも言わなかった。でも、言われっぱなしはどうかと思い始めた。…普通に、悔しい」
「臨、」
「だから、ちゃんと言う。……お前が俺のこと見守ってて」
歯切れ悪く、言い出しにくさを全面に押し出した言葉たちが、青々と茂る緑がつくる木漏れ日に優しく溶けていく。
「当たり前だろお!!!」
「うざい暑い」
節のせいで感動的な雰囲気は皆無だったけど、抱きつこうとする節の顔を掴んで距離を取る保城は、わかりづらくちゃんと口角が上がっていた。
「大体な、臨ちゃんが遅刻するくらいで動揺して試合も負けちゃうんだから、うちのチームどんだけお前頼りなんだって話だ!そのくせ臨のことだけ責めて、けしからん!」
「それ、部の奴らにも言って」
「んんん言ったら俺、後で集団リンチかな!?でも愛する臨のためなら言う!!」
「いや、面倒になるから言わなくて良い」
がーん、と効果音付きで先程の勢いを削がれた節の様子に、保城がはは、と声を出して笑ったのを節と2人して、まじまじと目に焼き付けた。
「…ちょっとさあ。臨ちゃんの満面の笑顔見れるとか、この道まじで"超最強ルート"じゃね?俺ってば天才なのよ」
「あの人、ずっと笑ってれば良いのにね」
「お前ら置いていくからな、歩いて来い」
誰が自転車に乗るかで揉めた結果、結局3人共予鈴に間に合わなくて、朝のHRでは担任の前山先生より、よーちゃんがお怒りで。
「つかなにこの香ばしい匂い!?保城あんた朝から何買ってきてんの!?」
「からあげサン」
全く悪びれない保城が正直に答えて、ぱくぱくと次々に食べる様子を隣の席で観察しながら可愛いと思った私は、とっくにもう重症だった。
2.その回り道で、悔しさの昇華
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