1117人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ
3.その回り道が、苦しさの入口
――――――――
――――
「あ、珠杏と節。おはよ…って暗!?」
「……よーちゃん、おはよう」
「何このブラックな空気」
「いんちょー。察してやってくれ」
3年のクラスに向かう階段の途中で、後ろから挨拶をくれたよーちゃんが、私のどんよりしたオーラを感じ取って訝しげな顔を向ける。
「あー…また?」
「今月多いよなあ」
「そりゃあだって、高校最後の夏だしねえ。色々イベントあるじゃん?」
「マ!浮かれて!僕らは受験生なのですよ!?」
「受験とか死ぬほどしんどいことあるから、今のうちに恋愛をやる気の源にしておきたいんでしょ」
「いんちょー良いこと言うね」
「あと私、今学期は委員長じゃなくて文化委員な」
「あらま」
2人の会話が進んでいく中で、よーちゃんの「恋愛をやる気の源にしたい」という素直な言葉がより一層心に突き刺さる。
『おー臨おはよ!って、お前…!靴箱の中にラブレターですか!?なんつー古風な素敵な!?』
さっき節と昇降口に入った時、いつもの仏頂面の男が可愛らしい手紙を手に持って立っていた。節の興奮具合に特に何も反応せず、それをただバッグの外ポケットに入れた男は上靴に無言で履き替える。
『ちょっと臨ちゃん。流石に何か反応してくれる?』
『…節、今日の昼飯先食ってて』
『あ、はい』
従順に返事をする節の横を通り過ぎて、そして真正面から私と視線が交わされる。身体をびくつかせてしまい、「おはよう」さえ出てこなかった。
『なに』
鋭い眼差しを向けられて、くっきりと綺麗な二重瞼をした瞳に射抜かれてしまえば私の考えてることなんて簡単に見通されてしまう気がする。
――昼休みに、告白の返事をするの?
――臨は、好きな人とか居ないの。
『なんも、無いけど』
『……あっそ』
心の中で確かめたいことが沢山、湯水のように湧き出てくるのに何一つ上手く声にならなかった。可愛げのないいつもの返事に、男は低く平らな声で返してスタスタと先を歩いて行ってしまった。
――私たちは、あっという間に高校3年生になった。6組のメンバーは勿論そのまま、担任も変わらず前山先生のまま。体育祭や文化祭、多くの行事を通してクラスの仲を深めてきたという実感は勿論ある。
『おい』
『…なに』
『お前、何勝手に日直の時に限ってクソだるい雑用引き受けてんだよ』
『仕方ないでしょ前山先生に頼まれたんだよ!ほら、お礼の飴』
『飴くらいで釣られんな馬鹿』
でも、あの男との仲が深まっているかは甚だ疑問だ。というか、むしろ関係性が後退しているのではとさえ最近思えてきて怖い。
最初のコメントを投稿しよう!