3.その回り道が、苦しさの入口

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「やっぱりあれかな、引退したし。あの男今まで部活一筋だったけどそれ理由に出来なくなって、女子がソワソワしてんのかもね」 ――野球部は、今年の地方大会ではベスト8まで勝ち進んだところで惜しくも敗退してしまった。 夏本番を迎える前に引退して、もうグラウンドで凹凸バッテリーを見ることは無いのだと実感して。悔しさなのか寂しさなのか、何故か泣きながら"からあげサン"を渡した私を可笑しそうに、そして清々しい表情で見ていたあの男がキラキラ見えたのは、私だけでは無いということだ。 「まあ、元々臨はモテるしな」 「こら節、追い討ちをかけない」 「あ、ごめんな珠杏!?大丈夫お前も可愛いよ」 「……身内票、嬉しくない」 「あらま」 廊下を歩いている時にフォローしてくれる節を跳ね除けると、奴は苦い笑顔を浮かべていた。これは完全に八つ当たりだと、胸に重い罪悪感がのしかかる。 「おーい、図書委員〜」 「…あ、はい」 「今日の昼休み、ミーティングあるらしいから図書室集合だって」 「………あ、はい。ありがと」 そして教室に足を踏み入れた途端、先生から託けられたのかクラスメイトがプリントを手渡してくれた。こうして時々、急に呼び出されたりするのが委員になっている宿命だ。 「チャンスじゃん珠杏、あの仏頂面男も図書委員でしょ」 『委員全員決まらないと、HR終われないんですけど。ほら図書委員とか誰かやらない?立候補は?』 『前山ちゃん、あれ地味に雑用多いって知ってるから人気無いよそれ』 『なるほど?じゃあクラス全員でじゃんけん大会だな』 よーちゃんの言葉に、ぐ、と喉が詰まる。 確かに、前山先生とのじゃんけん勝負に無事に負けたのが私と、あの男だった。図書委員は週替わりで放課後の貸し出しコーナーの受付や本の整理など、色々とやることがあって、これは流石に一緒に過ごせば距離を縮められるのではと思っていたけど。 『おい馬鹿、それそっちの本棚じゃねえよ』 『え?…本当だ』 『よく見ろ、背表紙にちゃんと棚番号付いてんだろうが』 『うるさいな、もっと早く言ってよ』 委員の仕事をしていても、返却本の配架の仕方1つでさえ喧嘩してるし、もう駄目だ。 「…あいつは昼休みご予定がおありなんでしょ。私1人で行く」 「こらこら折角2人で居られるチャンスでしょうが」 「…別にそんなんじゃない」 態とらしいほど大きく溜息を吐いた節は、俯く私の顔を覗き込んだ途端、眉を八の字にして笑う。 「意地張るなら、そんな捨てられた子犬みたいな顔すんじゃないよ」 「してないよ」 「もう本当仕方ないワネ!」と情けない表情をしているであろう私の頭を撫でる節の手は、いつも通り温かかった。
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