1118人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ
「おい」
「…!びっくりした」
図書室を出て直ぐの壁にもたれかかる男が、いつも通りの仏頂面で、出迎えるにしては愛想の無い声で私を呼んだ。
「お前言えや」
「…なにを」
「図書委員の集まりだったんだろうが」
「……お忙しそうだったので」
「はあ?」
皮肉のこもった可愛げ0点の返答に、臨が顰めっ面を濃くしている。部活を引退してから少し伸びた色素の薄い焦茶色の髪を軽く乱した男が、どこか焦れたように口を開きかけた時だった。
「――宮脇さん、じゃあまた」
「…あ、うん…!」
私の後ろから図書室を出てきた山下君は、柔和な笑みを浮かべていた。同じようになんとか笑顔を見せた私にホッとした様子の彼は、そのまま廊下を反対方向に歩いて行く。
『宮脇さんのことずっと気になってたんだけど、付き合ってもらえないかな』
2人きりの図書室で、山下君からの真っ直ぐな言葉を聞いても私の心を支配するのは、目の前の男のことばかりで。
『…ごめんなさい』
『…付き合ってる奴は居ないけど、好きな奴が居る?』
『………うん、すごく』
『やっぱりかあ』
素直に打ち明けると、私の返答を予期していたように納得してくれた彼は「友達としてたまには話してほしい」と言ってくれて、それには勿論応じた。
図書室の前でこの男が待っているのは、予想外だった。
「出てくんのおせえと思ったら、男かよ」
遠ざかる彼のシルエットを見守った後、低く平らな男が冷たく言葉を溢す。
「なにその言い方。山下君はそんなんじゃないし」
「あ、そ」
「……言いたいことあるなら言えば」
「別に。楽しんでたところに水差して悪かったな」
壁から身体を離して、自分勝手な解釈と私を置き去りにする無駄に背の高い男に、かっと、熱くて苦しい気持ちが込み上げた。
「そ、そっちこそ」
「……なに」
「女の子にいっぱい呼び出されて、浮かれてるくせに」
私の言葉を聞き終えて臨が真っ直ぐこちらを見つめた時、瞳の奥に揺らめくものが怒りより、悲しさに近く感じたのは気の所為だろうか。
「…お前と一緒にすんな」
いとも容易く距離を引かれることに、胸が抉られる。冷たい声は、厄介なことに涙腺にまで響くらしい。
本当はわかってるよ。あんたが、誰からの告白でも他人にむやみに言いふらしたりしないことも、ちゃんと誠実に対応してるのも、知ってる。臨は人の気持ちを軽々しく扱ったりはしない。
ぶっきらぼうなくせに優しい。そういう臨の近くに居たい。
――だけど、臨に想いを伝えた後に泣いている子を目撃する度に、自分の中の狡さを手離せなくなる。
"これ以上距離が開くくらいなら、喧嘩ばっかりでも、今のままが良い"
「臨」
「…なに」
「私だって、簡単に浮かれたりしないよ。人に「好き」って言うのが、どんだけ勇気の要ることかずっと、痛いくらい実感してるから」
揺れる声でなんとか繋げれば、歩き出そうとしていた男がこちらを振り返る。とっくに視界がぼやけていたから、臨がどんな顔を見せているのかははっきり掴めないし、顔を見る勇気も湧かなかった。
「……珠杏」
「来月の"蔵書点検"、さぼったら殴るから」
先程の集まりで代わりに受け取った臨の分のプリントを胸にドンと押しつけて、自分の教室とは反対方向に勢いよく走り出した。
最初のコメントを投稿しよう!