3.その回り道が、苦しさの入口

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「……おそいなあ」 とうとう自分の中に抱いた違和感を口にしたら、胸の奥がざわついた。節が此処を立ち去ってから、30分は優に経過している。 このコンビニは、駅から高校までの"超最強ルート"の高校側に存在するので、往復したとしても20分かからないくらいの筈。とっくに6限目も始まっている時間で、いよいよ立ち上がってスマホのトークアプリに文字を打ち込んだ。 【節、いまどこ?もしかして先生に捕まった?】 画面上にすぐ表示された言葉には、一向に既読がつく気配が無い。どうしたのだろう。一度学校を抜け出したのがそれこそ生活指導の東郷先生にみつかったのだろうか。 使い道は決まっているのに掌で持て余したままの寂しそうな200円を見つめて、とりあえず私も学校に戻ろうと決める。 コンビニを離れ、アスファルトの上に立つと茹だるような暑さが容赦なく襲い掛かる。直射日光で肌に滲む汗を気休めに拭いながら「やっぱり夏嫌いだな」と思わずひとりごちてしまった。 「――――珠杏!!」 聞き慣れた筈の声は、明らかにいつもとは様子が違っていた。切迫して耳に届いたのを確認した時には、すぐ目の前まで男が駆け寄ってきていた。 「…っ、え、なに?」 そのまま両方の肩を勢いよく掴んでくる人物の爽やかなシトラスの香りを感じて、目線を持ち上げる。 「…臨…?」 いつもの仏頂面じゃない。血の気が引いた青ざめた顔色の男の双眸が、不安と絶望に揺れ動いていた。「どうしたの」と軽く言葉を紡ぎ出すことが怖い。何かあったのだと、嫌でも分かってしまう張り詰めた空気では酸素がうまく入ってこない。 ぎゅ、と肩を掴まれる力が強まって、それはまるで私の存在を必死に確かめているようにも思えた。 「……りん、なに、」 「節が」 鼓動がひどく煩い。血の巡り全てが誤って心臓に向かっているかの如くバクバクと大きく打たれる脈の音の所為で、臨の声が聞こえにくい。 「節がさっき、車とぶつかって病院に運ばれた」 ――嗚呼、聞かなければよかった。そう後悔しても遅い。耳にこびりついた事実にその場で足がすくんで1ミリも動けなかった。 節、待って。 待ってよ、こんなのおかしい。 臨を呼びに行ってくれたんでしょう。 手のかかる私達の仲裁のために、いつもの慣れた道を戻って、また帰ってくる筈だったでしょう。 アイスを用意した私がぎこちなく臨に「一緒に食べよう」って言うの、きっと揶揄うつもりだったんじゃないの。でも結局最後は優しく笑ってくれるのも、分かってるよ。 『気にすんな、この道"超最強ルート"だから』 ――別れの予感なんて何一つ感じさせないいつもの笑顔で、そう言ってたじゃない。
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