3.その回り道が、苦しさの入口

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「……臨」 「なに」 「私の、せい、」 「……」 「あの日、私が授業サボったりしたから。節、心配していつものコンビニまで迎えに来たの」 『良いですか?僕が臨ちゃん此処に連れてきますんで、君はアイスを買って待ってなさい。必ず"2人で仲良く食べられるネ!"で有名なパピオを買うように』 苦しさに溺れてしまいそうだった。節の優しくて眩しい声も言葉も、ぜんぶを鮮明に思い出せるのにどうして。どうして節は、此処に居ないの。 下唇を噛み締めて、震えを少しでも抑えるために両腕で自分の身体を抱く。余計に揺れる情けない私の腕を、ベッドの側にしゃがみ込む男が掴んだ。「違う」と低く唱えて、真っ直ぐにこちらを射抜く。 「…俺の所為。あいつ、学校戻って俺のこと珠杏のところに連れて行こうとしたんだろ」 「俺の所為」ともう一度、何か烙印を刻むように呟く臨に向かって必死に首を横に振った。でも僅かに目を眇める男は、まるで取り合わない。 そしてベッドに座り込む私を見上げる男は、目の下にあまりにも目立つ隈を携えて、「珠杏」と丁寧に呼んだ。 「あの日、ごめん」 「……え…?」 「お前が節への気持ちを簡単に言い出せないことを、分かってないわけじゃなかった」 誠実に紡がれる言葉が、容赦なく心臓を突き刺す。「違う」と否定することも出来ない。 『私だって、簡単に浮かれたりしないよ。人に「好き」って言うのが、どんだけ勇気の要ることかずっと、痛いくらい実感してるから』 ――自分の言葉がこんなにも自分を苦しめることになるとは、思ってもいなかった。 「俺が大事にする」 「…なに、を」 「節が居たことも、お前の気持ちも。一生俺が覚えておく。忘れないから安心して良い」 「一生」なんて、途方もない誓いだと思う。だけどこの男はきっと、"本当にそうしてしまう"と怖いほどに確かな予感があった。 臨。謝りたかったのは私の方。200円でアイス買って、一緒に分けてごめんねって。 ただそれだけの計画だったのに。 「…とりあえず学校行くぞ。さっさと着替えろ」 無理な笑顔を浮かべて、らしくない世話を焼く臨の様子からも察してしまった。 ――この人はこのままじゃ、責任を感じて私の側に居てくれてしまう。
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