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「よーちゃん、タクシー来たよ!私も一緒に乗るから帰ろ」
「ありがと。いや結構です、1人で帰れますんで」
一旦、会がお開きになって駅へ向かう組と2次会へ向かう組に自然と店先で分かれる。
夏の熱気を取り込んだ決して心地いいとは言えない夜風が纏わりつく中、車道の端で、私の親友が随分と冷静なトーンで答えた。
「……あ、あれ?よーちゃん?」
「あのね、私があんな量で酔うわけ無いじゃん」
「ええ!?嘘だったんですか」
さらっと告げた彼女は、手に持っていたカーディガンを羽織りながら長く溜息を吐く。店内で私に寄りかかってきていた時の頼りなさは微塵も無い。かつて委員長だった時の、凛とした佇まいのままだ。
「なんだ、よかった」
「え?」
「私が突然あんなこと言ったから、酔わせちゃったかと思ったよ」
「…へえ。馬鹿なこと言った自覚はあるんだ?」
眉を少し動かした後、こちらを射抜く鋭い眼差しに思わず「う」と苦しい一音が漏れた。気まずく視線を逸らす私に、よーちゃんが再び息を吐き出す。
「だから、みんな巻き込んで焚き付けようと思ったのに。あんたもアイツも全然乗ってこないし」
「ちょっとお姉さん。タチ悪すぎます」
「……珠杏。どうしてそんなに頑なになるの?」
「……、」
「もう一回言うけど、6年って長いよ」
「そう、だね」
「――もう、良いんじゃないの?」
「……よーちゃん、」
「ん?」
「"もう良い"は、私じゃなくて。あいつに言ってあげるべきことだよ」
一つ一つの言葉を噛み締めるようにゆっくり笑顔で告げると、よーちゃんの顔が一気に強張った。「また連絡するね」とそれに気付かないフリをして続ければ、彼女はタクシーが発車する最後の最後まで、後ろ髪を引かれるような様子だった。
遠く夜に消えていく車体をしばらく眺めて、身体を翻す。視線を投げれば、まだ一次会を開いた店の前で名残惜しそうに語り合う男女が居る。
私も今日はこのまま帰ろうと決めて、駅へ向かう組に合流すべく足を進めようとした。
「――おい」
低く平らな声が、その行手を簡単に阻む。いつからそこに居たのか、立ち止まる私を真っ直ぐ睨む男が夜の闇に存在していた。
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