4.その回り道に、愛しさの行方

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だから、これ以上縛るわけにはいかない。 『…節が居なくなって6年か』 『お前と珠杏、毎日節に振り回されてたな』 『やんちゃな子供育てる立派な夫婦だったあれは』 昨日のクラス会に少し遅れて参加した時。案内された個室の扉を開ける前から、既に臨がみんなからいつもの攻撃を受けているのが分かった。 『――でももう、そろそろ良いんじゃねえの?』 そして、誰かが放った言葉がまっすぐ私を刺した。自覚している分、痛みは何倍も大きかった。 国家資格を無事取った臨は、この春から監査法人で働き始めた。実務補習に励む男は、きっとそのうち配属希望を問われる筈。このままじゃまた、臨は私と節の側に居ようとする。 『――臨。もう、私のことが"可哀想"って、思わなくて良いんだよ』 昨日帰り際に臨に伝えた言葉を思い出せば、とっくに覚悟は決めた筈なのに未練がましく涙が出る自分が情けない。そんな私をじっと見ていた節が、大きなため息と共に後ろ首を掻いた。 「だから珠杏から離れようとしてんの?会社で異動願いまで出して?」 「…丁度、関西にお店新しく出す話があって、」 『よーちゃん。私、東京を離れようと思う』 クラス会の途中、よーちゃんにだけこっそり伝えると全てを知っている彼女はみるみる険しい顔になって「馬鹿」と怒った。そして酔ったフリをしてまで止めようとしてくれた。だけどもう、甘えては居られないのだ。 突然居なくなる私を、臨はどう思うかな。ホッとするだろうか。少しだけでも寂しく思ってくれるだろうか。 ――私が一生抱えていく寂しさの十分の一でも、構わない。 ぼたぼたと落ちていく涙を懸命に拭う。 その様子を見守っていた節がこちらへ臆病な仕草で手を伸ばす。いつも温かさを保って撫でてくれる手は、私をすり抜けてしまった。それに痛い表情を見せる節に、また涙の量が増える。 「泣くな珠杏ちゃん。俺慰めることも上手くできねーんだから」 「…ごめ、」 「……嘘つきだなあ、珠杏」 指摘されても、言い返す言葉もない。嘘つきで、ずるくてどうしようもない。 臨への気持ちも、節の姿が本当は"見えない"ことも、この6年間ずっと1人で隠し続けてきてしまった。 「でも、お互い様だな」 「…え?」 「あいつも、充分嘘吐き」 「あと俺もな」と柔らかく言った節の笑顔が、燦々と輝く太陽の光と共に眩しく虹彩を貫いた瞬間だった。 「――――珠杏!!!」 切迫した声が誰のものか、直ぐに分かる。 あの頃のように制服の白シャツじゃない。よく似合う黒のTシャツ姿で、だけどこちらに勢いよく自転車を漕ぐ姿が、どうしても6年前に重なる。 何で来るの。 臨、もう私、臨を解放してあげたいんだよ。
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