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膝から力が抜けていく感覚に、口元を覆ってその場にしゃがみ込もうとした。
ガシャン、といつかのように大きな音が立ったのと、視界の端で自転車が放り出されるのは同時だった。
そのままそばまでやって来て、私の腕を力強く引っ張りあげた臨は、肩で息をしたまま確かめるように両方の腕で私を掻き抱いた。
不器用な温もりがいつも狡い。ずっと変わらない臨の匂いに包まれたら、私は負けそうになってしまう。
「……臨、離して」
「……」
「りん、」
「嫌だ」
まるで子供のようにそれだけを呟く男が、もっと私を抱き締める。
「――――節、居んだろ」
再び口を開く前に、臨が親友の名前を呼ぶ方が先だった。ぶっきらぼうな声がいつもより揺れていて、それと同時にふわりと爽やかな風のように節が私と臨の側に立った。
「久しぶりじゃん、臨ちゃん」
にこにこ笑顔の節を睨み付ける臨の姿に、腕の中で呆気に取られていた。
どうして。
「お前、この6年間ずっと何処に居たんだよ」
――どうして、臨が、節と会話しているの。
信じられない光景に目を疑った。でも、視線を私に戻した臨は、何か覚悟を携えたように強い光を瞳に宿していた。
「珠杏、あのな。臨も"見える"んだよ」
私の予感を伝えてくる節が、大きな丸い瞳をあどけなく細めた。隣の仏頂面は、眉一つ動かさないくせに私を拘束する腕も離さない。
「…嘘でしょ…?」
「嘘じゃないよ?ほら」
節がえい、とパンチを繰り出すと臨は反射的に避けていて、その様子にまたケラケラと笑う。
舌打ちをする男をただ凝視して「どうして言ってくれなかったの」とカラカラの声で呟くと、気まずそうに視線が逸らされる。
「言ったろ?臨ちゃんも嘘吐きだから」
「…え?」
「そもそも、この回り道作るきっかけになったの臨だよ。入学した頃、臨がなんでかみんなと別の道で通ってるの気になりすぎて、俺尾行したんだよな」
『え、めっちゃ遠回りじゃね!?保城、方向音痴か!?』
『……何なのお前』
「面倒だし、"あっちは霊が多いから"って敢えて本当のこと言って突き放そうとしたのに逆に食いついて来てうざかった」
「甘いな臨ちゃん」
大きく笑う節に、疲弊したような溜息を漏らす臨の顔を見ていて、高校時代に交わした会話を手繰り寄せた。
『…節は、どうして分かったのかな。霊感とか全く無い筈なんだけど』
『知るか、野生の勘だろ』
私のために節が用意してくれたこのルートのこと、あの時の臨は、軽く流していたくせに。
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