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「…臨」
「……なに」
「お前は色々珠杏に問い詰めたいことだらけだろうが、もうちょっと俺のタイムな」
にやにやと挑発的に笑う節は、眉を細める臨にもう一歩近付いた。
「嘘吐きで意地っ張りで、世話の焼ける臨ちゃん」
「うるせえわ」
「…誰より人の感情に敏感なくせに、自分のことになると疎い臨ちゃん」
「俺も嘘吐きだから謝らせて」と付け足した節が臨の頭を撫でるような仕草を見せる。
「……臨、あのな。お前が京都の大学から推薦来てた時。"離れるの寂しい〜〜"って言ってたけど、内心ちょっとほっとしてたかもしれない。あと珠杏が「せいせいする」って言ってたとか、全然嘘だよ。そうやってまた2人に意地張らせたら、――お前に珠杏を取られるの、もうちょっと先延ばし出来るかなって思った」
「ごめんな」と、寂しそうな声で謝罪した節を見ていて、今日と同じように蒸した暑さの中に居た私達を思い出す。
『あのなあ、俺だって毎回毎回お前らの喧嘩の仲裁してやれるわけじゃ無いんだからな?そんなお人好しじゃねーのよ』
軽口のように感じていた言葉の重さを今更思い知る私は、やっぱり馬鹿だ。必死に涙を拭っても追いつかない量が流れ出している。
「でも臨ちゃん、おバカだから。俺の気持ち知って、本当に京都行くの考えてたろ」
「そんな昔の話もう忘れた」
「嘘吐きだな」
「しかも結局行かなかったし。でもこの進路の選択には、節は関係無い。お前勝手に気にしすぎ。…俺が珠杏の側に居たかっただけだ」
ぎゅ、とまた抱き締める力を込めてくる腕も声も、臨にしては珍しく震えていた。
私達の様子を暫く見つめていた節は、吹っ切るように自分の背筋をぐんと伸ばす。そして「さて」と、笑顔で切り出した。
「…俺の中の後悔、ちゃんと拭えたようなので。もうそろそろ行くわ」
引き留めるべきじゃ無いと分かっていても、情けない表情しか作れない自分に嫌気がさす。隣で何も発さない臨も、何かを堪えるように腕に力を込めた。
「惜しいよなあ」
「……節?」
「やっと引っ付いて、でも結局これからも喧嘩ばっかりして、年取ってもそうやって一緒に居るお前らと、俺も居たかった。"もう時効かな"くらいのタイミングで、珠杏のこと好きだったってカミングアウトして、臨の気まずそうな顔、揶揄いたかった。お前らと一緒に、大人に、なりたかったな」
歪んだ視界に映る節がぼやけていくのが、自分の涙の所為だけじゃないと分かった。
茹だるような暑さの中でさえ、それをいつも吹き飛ばしてくれる元気と真っ直ぐさを持て余しているかのような、そんな幼馴染だった。
節が一緒に始めてくれた高校生活だったから。
終わりだって一緒で、そしてその後の人生も一緒に進んでいくのだと、何一つ疑わなかった。
「…せ、つ、」
もう一度名前を呼んだ瞬間だった。
私と臨の頬を擽るように撫でた節が、いつもの笑顔を残して、私には眩しすぎる夏の輝きに消えていくまで、あまりにも静かで、穏やかで。
――こんな切ない愛しさを、出来れば、知りたくは無かった。
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