0.その回り道と、ゴールの消滅

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―――――― ―― 「……あっつ」 少し足を動かしただけで、勝手に汗が滲むこの季節のことを好きになれた試しがない。首筋を伝うものを手の甲で拭う間にも、真昼間の眩い光が襲い掛かる。アスファルトに射し込む分の光は、容赦ない照り返しになって瞳の中まで隈なく攻撃してくるので、自ずと目つきも悪くなる。 ――都心から普通電車に揺られて約1時間半。距離としてはそこまで離れていない筈なのに、私の地元には、とても素朴な、直接的に言うと、紛れもなく田舎の田園風景が広がっている。 昨日のようなクラスの会が催される場所は当然地元になるので、そのまま実家に泊まった。 そして私は今日、制服に身を包んでいたあの頃毎日通っていた道を、体力の衰えを感じながら歩いている。 東京では目まぐるしく、日々目にする景色が呆気なく移り変わっていったりするけれど、この道から見渡せるものは、色褪せることはあれど、殆ど変わらない気がする。ノスタルジーは案外手頃に手に入ってしまうと、その度に思う。 「――――お姉さん、1人っすか?」 高校生の頃はもっと元気に駆け上っていたであろう上り坂に苦戦している途中、弾んだ声が隣から聞こえてきた。不意を突かれて心臓は大きく大きく跳ね上がるが、それを相手に悟られるのは大変悔しいので、意地でも歩みは止めない。 「そうですけど、何か。24歳独り身ですけど、なんか文句ありますか?」 「え、こわ!?思ってた反応と違う。アラサー女子、こっわぁ」 「うるさい、しかもアラサーじゃない」 はわわわと焦りながら歩幅を勝手に合わせて歩き始める男を鋭く睨みつければ、今度はけらけらと子供みたいな笑い声を出す。 「てか、珠杏ちゃん今日1人なの?」 「……それが何が」 「おいおいおい、臨はどうした」 「知らない」 「……え、何お前ら。また喧嘩したの!?」 「別に喧嘩とかじゃない」 眉をへなへなの八の字にして「嘘だろぉ?お前ら何歳だよ」と肩をすくめる男を凝視する。 私の視線に気づいたのか、小首を傾げた男が「どした珠杏」と、昔と何も変わらない軽口を叩く。 丸っこいビー玉のような瞳が、夏の日差しに反射して眩しく輝いた。
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