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1.その回り道は、優しさの証拠
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「……や、やっぱり無理」
「おい珠杏ちゃん、何言い出すんすか」
「今日はやめとく。気持ちが乗ったら行く」
「おいおいおい待て、お前の気持ち乗るの待ってたら1年生が終わるわ!!」
ぐるん、と進行方向を変えて足速に立ち去ろうとする私のセーラー服の襟を、背後から思い切り掴んでくる男を睨みつける。
「離して節」
「あのなあ、何回も言ったろ!?6組はまじで良い奴しか居ないから」
「……本当?」
「本当だっつの、お前は幼馴染の言うことが信じられないんですか!?寂しいよ俺は」
「し、信じてるけど」
「うむ」
「信じてるけど、節、バカじゃん…」
「え、関係なくない??確かに僕は部活ばっかりでテストは赤点だらけの馬鹿ですけれども」
うっと胸を手で抑える仕草と共に語り始める節に、大きく溜息を漏らす。「ごめん今のは八つ当たり」とこめかみを抑えながら次いで呟けば、にかっと歯を見せて笑った節が、私の髪を好き勝手に撫でつけて乱す。
「大丈夫だって。"3ヶ月遅れのクラスメイト"でも、ちゃんと歓迎してもらえる」
「私が普通じゃ、なくても?」
「ノープログラムだねそんなもん」
「…ノープロブレムね」
「惜しい!」と、快晴の明るさに負けない輝きで笑う男に釣られて少しだけ表情がほぐれた。
――7月のはじめ。瑞々しい青葉が生い茂る季節に私は真新しい制服に初めて袖を通した。
入学式から3ヶ月のブランクを経て高校へ登校することになった初日、緊張でなかなか足が進まない私の背中をぐいぐい押すのは幼馴染の多賀谷 節だ。
家が近所で、幼稚園の頃から一緒で。中学は離れたけれど、この度また同じ高校に通うことになり、なんとクラスも同じらしい。
どちらかと言うといつもネガティブ思考で生きる私と正反対のポジティブ男の存在は、勿論有難くもあるけれど。
「…珠杏!!もっと走れ!!」
「ちょ、っと、まって」
――何故こんな、全速力で走る羽目になっているのだろう。
息も絶え絶えに応えれば、部活用のエナメルバッグを肩に掛け直した男が振り向きながら私を急かす。なんなの、この展開。
『よし分かった!初登校に緊張しっぱなしの珠杏に、通学路にある楽しさを教えてしんぜよう』
数十分前、そんな風に提案してきたこのお馬鹿な幼馴染に乗ってしまった自分を心から責めたい。
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