64人が本棚に入れています
本棚に追加
「そこの者たち、こんな日暮れに何をしている?」
単なる夜間巡回としての声かけなのか、一人の騎士が隊列をはずれて近づいてきた。
クレイドがわずかに後方に下がると、レオンスは堂々と会釈した。
「夜分遅くまでお疲れ様でございます。今、私たちは帰宅途中でして。幼い子が眠ってしまったようで、先を急いでいたところです」
「では、なぜこのような時間に子供を連れ回しているのだ?」
騎士はいかにもレオンスの装いを怪しんでいるようだった。声に不信感が表れている。
レオンスは控えめに苦笑すると、フードを深く被ったクレイドに視線を向けた。
「……ここだけの話ですが、彼女は元夫から逃げているため、あまり人目に付きたくないとのことで。やむを得ず、この時間になってしまったのです」
騎士はレオンスの顔近くにランタンを寄せると、その顔をまじまじと見た。
「おっと……」
あまりの眩しさに、レオンスは顔を手のひらで遮った。
「……まあいい、わかった。念のために聞いておくが、お前は何者で、何の仕事をしている?」
「職業は詩人でございます。私は知人である彼女を助けるため、新天地となりうる新しい家へ案内する途中でして。……ああそれと。私は怪我を負って片目を覆わねばならないゆえ、顔は見苦しいでしょうが、どうかお許しを」
レオンスはその場で深々と頭を下げた。
「……まあいい。礼節をわきまえているようだからな。一般人なら、夜警に咎められる前に家路につくように」
レオンスは顔を上げると控えめに笑った。
「ええ、ありがとうございます。……ちなみに、そちらの状況、どうやらただ事ではないようですな?」
騎士は返答に迷ったのか、ウェリックス公爵が立つ方向を振り返る。
視線を向けられた公爵は、その騎士に呼びかけた。
「まだ一般人に話すようなことではない。全ては明日分かることだ」
その言葉にクレイドは一瞬だけ身体を震わせた。
――明日、何かが起こるのか?
騎士が形式的にこちらに一礼すると、隊列へと戻っていった。
「……本当にやるつもりかい? あんたは後悔しないのかい?」
再び歩き始めた隊列から、ミセス・ヴェルセーノの声が聞こえた。
「これ以上、姉上を嘘つきの罪人にさせたくはない。ならば、私が手を下すしかないのだ。刑罰は明日告知する」
「あの子らに手を出したら許さないよ」
「それは全く別の話だろう。その約束はあなたの嘘によって破綻したはずだ」
「ふん、私が死んだら化けて出てやるさ」
クレイドは布に包んだヴァイオリンを両腕に抱えたまま、その場で立ちすくんでいた。連れ去られようとしているミセス・ヴェルセーノを、今すぐにでも助け出したかった。
公爵らの隊列から声が聞こえなくなると、レオンスは左目を覆った変装用の布を上げた。同時に、クレイドを覆う黒いフードもわずかにめくり上げる。
「ここは少しの辛抱だ。今は圧倒的に不利な状況らしいけど、何とか作戦を考えよう」
最初のコメントを投稿しよう!