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「たいした策でもないけど、明日のウェリックス野郎の告示と同時刻に演奏会をやって、集まった大衆の目をこっちに向けさせるのはどう? そこで真実を暴露してやるんだよ。そこで救出する。できることなら、屋敷に潜入してイゼルダさんを助けたいけど、それじゃあ目先の問題を先延ばしにしただけだしね」
クレイドは晴れない顔で顎に手を当てた。
「でも、それだけでウェリックス公爵が手を引くとは思えません。邪魔をするな、って怒るでしょうね。それに、公爵が広場にやって来たら、問答無用で彼が大衆の目を引くことになるかと……」
ロディールも同調して頷いた。
「ああ、同時刻に演奏会を始めようとする俺たちを見つけたら、ウェリックス公爵は俺たちを排除するはず」
クレイドとロディールの否定的な意見に、レオンスは小さなため息をついた。
「いやいや、なんでそんなにネガティブなわけ? それは単純に普通の演奏会をやった場合の話だよね」
一体何の話をしているのだろうか、とクレイドはロディールと顔を見合わせた。
レオンスは肩をすくめると、乾いた笑みを浮かべた。
「あはは。その顔、全然信じてなさそう。まあいいけど。……俺は、名のある人たちに演奏者として協力してもらうことが良いと考えてる。クレイドなら知り合いとかいるんじゃない?」
クレイドは唖然とした。
「じ、時間もないのに、そんな無茶な……」
クレイドの言葉をよそに、レオンスは一方的に話を続けた。
「そうは言っても、やってみないと分からないよね。あとは、真実を受け止めてくれる大衆――つまり観客という名の証人を集める必要がある」
「それも今から……?」
「方法ならいくらでもあるよ。観客集めなら、スベーニュの街と関係の浅い俺でも十分役に立てる自信はあるし」
クレイドは口を噤んでレオンスを見た。
いつもの彼らしい飄々としたペースで話をしているものの、レオンスには策を成功させるための道筋が既に見えているのかもしれない。そうでなければ、ここまで自信を持って言えるだろうか。
クレイドが口を開こうとした矢先だった。
リェティーが一歩前へ出て、凛とした佇まいでレオンスを見上げた。
「おばさまを助けるためなら、私はその策に賛成です。私にできることはありますか?」
レオンスは一瞬驚いたように目を丸くすると、一転してにやりと笑った。
「さすがはフェネット家のお嬢さんだ。もちろんできることならたくさんあるよ。これからクレイドやロディールも交えて、やるべきことを話し合おう」
「レオンスさん、その前に一つ確認してもいいですか?」
申し出たロディールに、全員が顔を向けた。
「何の策も出していない俺が聞くのもおかしいかもしれませんが、どうしても知りたくて。この作戦が成功すれば、クレイドやリェティー、イゼルダさんが安全に暮らすことができるようになると思いますか?」
ロディールの真剣な様相に、レオンスは笑うこともせず、一度目を閉じてゆっくりと開いた。
「『絶対』、『必ず』とは言わない。なぜなら、それは俺が全知全能の神ではないから。でも、そうなるように俺は全力を尽くすよ」
「なぜそこまで? あなたがウェリックス公爵に反発するだけの十分な理由があることは分かる。でも、俺たちを助けるためにそこまでやる理由があるとは思えなくて」
レオンスは息をついて腕を組むと、わずかに視線を泳がせた。
「まあ、純粋に仲間だと思っているから、と言うのが一つの理由。もう一つの理由は、偽善的な罪滅ぼしかな。後者の方が俺らしいかもしれないけど、両方とも嘘はないよ」
ロディールは怪訝そうに眉を寄せていたが、クレイドにはその意味が何となくわかったような気がした。
彼自身が罪滅ぼしをする理由はないはずだが、おそらくフェネット家を救うことができなかったことに、多少なりとも後ろめたさを抱えているのだろう。
だが、今ここでレオンスの言葉を噛み砕いてロディールやリェティーに伝えるということは、レオンス自身もおそらく望まないはずである。
「あと、念のため先に言っておくけど、俺にはもう一つの奇策がある。でもこれは俺一人で遂行しなきゃならないことで、ウェリックス野郎への置き土産にするつもりだ。だから今は話せないけど、許してほしいかな」
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