第1話 叙情詩人の芝居

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 第1話 叙情詩人の芝居

「残る時間はわずかとなりて、我らの悲しみは募るばかり。力ある者の罪を裁くことができるならば、どれほど嬉しきことか。願わくば、どうか大衆の御心が我らの救いとならんことを――」  深夜となった暗闇のスベーニュの街で、楽器をボロンボロンと響かせながら、心情を詩に乗せて歩いていた。  飲んでいない酒の香りを衣服から漂わせて、ただふらふらと歩く。 「おい、そこの男! その場を動くな!」  ランタンを持って近づいてくる二人の男。その年齢差およそ二十ほどに見えるが、二人とも夜警の人間だろう。どうやら不審者として見られているようだった。 「私はただの詩人でございますが」 「何をしていた?」  若い方の男が尋ねた。 「見てわかりませんか? 私は悲しみに憂いていたのです。明日、何もしていない知人が罪に問われるかもしれないのです。この状況で、黙ってなどいられるでしょうか?」  夜警の男たちは顔を見合わせた。 「そうは言っても、我々はそんな話を聞いてはいない。誰が何の罪だと告発したんだ?」 「この街のウェリックス公爵でございます。彼が少女を誘拐しようとしていたため、知人が少女を匿っていたのですが、そのせいで犯人に仕立て上げられてしまったようで」 「我々にはどうしようもないな。だが、ウェリックス公爵がそういう人物だとは聞いたことがない」 「彼は表に顔を出さない人物ですし、人物像は謎に包まれていることでしょう。……まさか、既に家を出たに罪を着せようとする人間だなんて、誰も思わないでしょうね」  年長の男が怪訝そうに眉をひそめた。 「一体どこでその話を聞いたのだ?」 「実際に会話を耳で聞いてしまったのです。私は酒場でこの話を共有していたところ、他にも聞いたという人がおりました。明日の日没の鐘とともに罪が告知されるようで。どうか私の知人を救うためと思って、明日、広場へお越しいただけませんか。必ずや真実が明かされることでしょう。身分の劣る者には、証人となる大衆が必要になるのです」  男性らはこの話の信憑性を疑っているのか、悩んだ表情で唸っていた。  真実に少しの嘘を織り交ぜて話しているのだから、唸って当然である。それでも、この話を聞いて「嘘だ」、「頭がおかしい」と言わないあたり、まだ人間性に見込みがありそうだった。  年長の男が一歩前に出て、こちらを真っ直ぐに見返した。 「我々にはどうすることもできないが、念のため、今の話は情報としてできる限り共有しておく。本当に罪が告知されるなら、日没に合わせてトランペッターがそれを人々に知らせるはずだ。お前の知人なら、見世物にされたくないのは当然。罪を犯していないのなら、なおさらだ。権力に逆らう訳にはいかないが、せめて真実を早めに周知することで、何かが変わると期待しよう」  ずっしりと重みのある言葉だけに、口先だけとは到底思えなかった。この厚意に預からない理由はなかった。 「……なんと感謝を申し上げれば良いものでしょう。ではぜひ、この真実を伝える際に、お言葉添えいただけませんか。『演奏会を楽しみにしていてください』と。期限は迫れど、私は真実を大衆に伝える努力を致す限りです」  そう言って頭を深々と下げたあと、真っ直ぐに姿勢を戻すことなく頭を垂れたまま歩き始めた。また楽器をボロンと鳴らし、大袈裟に足元をふらつかせながら進んだ。
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