第2話 貴婦人の告白

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 イルスァヴォン男爵は昨日スベーニュの屋敷に帰還したばかりだった。突然の訪問に対応することは困難かと思われたが、最初に出迎えた使用人サリムがマリアムの姿を見た途端、これはただ事ではないと感じ取ったらしい。早急に男爵に取り次いでくれることになったのである。  男爵の許可を得たサリムが、駆け足で戻ってきた。 「さあ、こちらへどうぞお越しください。ご案内します。……まさか、クレイドと一緒に来られたのがマリアム様とティフェーナ様とは、本当に驚きました」 「ご無沙汰ですね、サリム。アンドレからあなたのお話はよく聞いていますよ」 「勝手に僕の話を……?! いや、でも、マリアム様になら……。それにしてもクレイド、そっちの子供は誰だ?」  リェティーのことだろうが、その言い方は引っかかる。クレイドが何か一言くらい物申そうかと思っていると、隣を歩くマリアムが口を挟んだ。 「この子は私の姪です」 「なっ……?!」  かなりの衝撃を受けたのか、サリムはそのまま口を閉ざしてしまった。  男爵が在室する部屋の前に到着すると、サリムが今までにない誠意を見せた。 「先ほどは無礼な対応をして申し訳なかった。……男爵は何でも協力すると仰っている。僕たち使用人一同もそのつもりだ」  クレイドはそれだけで少し救われたような気がした。 「ありがとう」   その一言にすべてを込めた。  *** 「やあ、クレイドくん。皆さんも、よく来てくれましたな。私で良ければ、全力で協力いたしましょう」  柔らかな笑みで温かく受け入れてくれたイルスァヴォン男爵を見て、クレイドは人知れず涙を滲ませた。  男爵との打ち合わせには、男爵家の使用人でウェリックス公爵の実の弟でもあるアンドレが同席した。  クレイドが今の厳しい状況を説明すると、その場にいた大人全員が衝撃を受けて頭を抱えた。既に夕刻に期限が迫って時間がないこと、イゼルダ・ヴェルセーノのみならず、リェティーの身が危険にさらされていること――。  アンドレは堪え忍ぶように眉根を寄せながら、頭を深く下げて震える声で話し始めた。 「詫びても詫びきれません。私の言葉など償いにもならないと思いますが、黙っていられぬ私をどうかお許し願いたい……。誠に申し訳ありませんでした。兄を野放しにした責任は、私にもあります」  アンドレが罪を被ることは、クレイドも当然ながら望んでいない。 「頭を上げてください、アンドレさん。あなたに責任などないでしょう」 「正直、自分の兄がこんなことをしていたと知った以上、私自身もこの先の身の振り方を考えねばならないでしょう。この罪は必ず――」 「お待ちなさい」  イルスァヴォン男爵の低音の声が響いた。隣に座るアンドレの頭がわずかに上がる。 「しかし、私は……」 「君は真面目すぎるのだ。罪を償うべきは君ではない、それはここにいる全ての者が分かっているはずだよ」 「はっ……」  アンドレは項垂れたまま、姿勢を元に戻した。  マリアムはいたたまれなく伏せ目がちにアンドレを見た。 「そのとおりです。アンドレには罪などありません。問題なのはアシルです。……リェティーにまで、今さら何をしようとしているのでしょう。この子は姉ではないというのに」  クレイドは神妙な顔でマリアムを見た。彼女は何か知っている、そう思った。リェティーの前ではどうにも聞きづらいと感じていたところ、男爵が同じことを考えていたらしく、代わりに口を開いた。 「マリアムさんのお姉さんは、この子の母親でしたね。何かご存知なのですか」 「あの人は、姉のハープの音色をとても気に入っていました。だから、ウェリックスの屋敷に引き抜きたかったんです。でも、もちろんリェティーがいたので、姉は嫌だと断っていました」   マリアムから初めて明かされる母親の話に、リェティーは目を丸くして聞いていた。もっと聞きたい、だけど怖い――そんな表情をしていた。 「それでも諦めませんでしたが、こちらも断り続けました。結局はしびれを切らしたようで、最後には刺客を送られてしまい、フェネット家はなくなりました。でも、姉はリェティーを連れて逃げたのです。リェティーを守るために……」  リェティーは大きな瞳でマリアムを見つめながら、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。 「でも、途中でお母さまは死んでしまいました。ルーバンから出発する船に乗れたのは、私だけで……」  マリアムは目頭を押さえて、リェティーの言葉に頷いた。 「……そう。私はその話をしばらく経ってから聞かされたの。ティフェーナが生まれたあとにね」  そこまで話すと、マリアムは男爵の顔を真っ直ぐに見た。 「私は姉たちを少しでも遠くへ逃がしたかったのと、いつの日かアシルに大きな罪悪感を植え付けてやりたくて、自らウェリックス家の捕虜となったんです。ですが、私のハープの腕を買われてしまい、結局アシルの妻となりました。先に姉が死んだと知っていたら、私はとうに生きる気力を失くしていたかもしれません。でも、こうしてリェティーと再会することができたのです。もう絶対にあの人を許してはなりません。そのつもりで、私はここまで来ました」  男爵はゆっくりと深く何度も頷いた。 「それは、さぞお辛かったことでしょう。よくぞ、ここまで頑張りましたな」  男爵は包み込むような笑顔を見せた。
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