第2話 貴婦人の告白

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 会話がひと息ついたところで、クレイドは口を開いた。 「マリアムさん、もしウェリックス公爵とイゼルダ・ヴェルセーノの関係について知っていることがあれば、教えていただけませんか」  もしかすると後悔するかもしれない。それでも、クレイドは覚悟していた。なぜなら、今ここで聞いておかなければ、終生知ることはないかもしれない――そんな気がしたからである。  マリアムは伏せ目がちに頷いた。 「私が知っているのはアシルから聞いた情報だけです。偏見があるかもしれませんが、それでも良いのでしたら……」 「もちろんです。でも、無理にとは言いませんが――」 「いえ、それならばお話しさせてください。正直、私はその話を墓場まで持っていかなければならないと思っていたのです。でも、あなたがそう仰ってくれるのでしたら、私にとってもありがたいのです」  イルスァヴォン男爵も、ふむふむと頷きながら口を挟んだ。 「ならばぜひ、私にもお聞かせいただけますかな」  マリエルはどこか救われたように頬を緩めた。 「ありがとうございます。……アシルが8歳の時、7つ年上の姉イゼルダさんが家を出たそうです。イゼルダさんはアシルと異母姉弟でした。公爵の前妻の子だったイゼルダさんは、後妻を苦手としていて、屋敷に居づらかったのだそうです。15歳で決心して家出をしたあと、街の肉屋で働いていたそうです。屋敷の人間は皆、イゼルダさんを連れ戻そうとしたらしいですが、見つけられなかったそうで。アシルはお姉さんを慕っていたので、たびたび一人で街に出掛けては、姉を探し回っていたようでした」  クレイドは真剣にマリアムの話を聞いていた。ここまで聞いて、今のところアシル・ウェリックスに悪意は感じられなかった。 「それから、アシルは姉を探し出しました。でも、姉の意向を尊重して、屋敷の人間には一切報告しませんでした。そのまま勝手に生活費などの面で資金補助を始めたそうです。その後、イゼルダさんはヴェルセーノ氏と結婚されましたが、その方は束縛の強い方で、イゼルダさんに暴力を振るったあと、不慮の事故で亡くなったと聞いています」 「本当に事故だったんですか?」 「さあ、私には何とも。全てはアシルから聞いた話なので、真実は本人しか知らないでしょうね」  クレイドはわずかに悪寒を覚えた。この話が本当なら、ミセス・ヴェルセーノが今でも“ヴェルセーノ”を名乗っていることに違和感を感じる。真実は闇に葬られたとしか言いようがないだろう。 「アシル・ウェリックスが姉を慕っていたことは事実なんですよね?」 「ええ、誰よりも。変わり者ですから、もともと屋敷内で孤立していたこともあって、姉以上に慕っている人間はいませんでした。おそらく、今でも。裏切られたり嘘をつかれることが大嫌いだと」 「本人はそれを平気でやっているのに?」 「ええ、それが許せないのです。なので、卑怯ですが、私も同じことをします。今回で公爵家と縁を切ります」  クレイドは母親の隣にちょこんと座るティフェーナを見た。会話の内容は難しいため聞いている様子はないが、どこか寂しそうに見えた。父親と一方的に縁を切られることになる娘の方は大丈夫だろうか、と半ばお節介にも思える不安がクレイドの頭の中に過ぎった。  すると、リェティーがクレイドの袖を静かに引っ張った。クレイドがわずかにリェティーの方へ身体を傾けると、リェティーは小さな声で耳打ちした。 「お兄さま。心配しなくても、この子は私の従姉妹で、マリアム叔母さまの娘です。きっと強い子です」  リェティーの口からそんな言葉が出てくるなど想像もしておらず、クレイドは驚きのあまり一瞬固まったが、自然に表情が綻んだ。 「……そうだね」  クレイドは再び姿勢を正すと、視線をマリアムへ向けた。 「あなたは、ウェリックス公爵が姉のイゼルダ・ヴェルセーノにどんな罪を告知すると思いますか」 「私は、単純な話ではないように思うのです。きっと死罪にはしないでしょう。ただ、自分の目の届く場所に永久的に監禁するかもしれません。心理的側面で束縛するために、わざと傷を負わせる可能性もないとは言い切れません」  クレイドは眉間にしわを寄せた。誰よりも姉を慕っておきながら、そんなことをするなど正気を疑うが、それこそがアシル・ウェリックスという人物なのだろう。 「……分かりました。それを聞いて、絶対に救出を成功させなければならないと、改めて強く思いました」  ***  クレイドがウェリックス公爵への対応策として本日開催の演奏会の話を持ち出すと、イルスァヴォン男爵はぜひ協力したいと申し出た。サリムが言っていたように、男爵は快く引き受けてくれたのである。男爵家の使用人らについても、楽器の演奏ができるアンドレやサリムなどは、男爵と同様に演奏者として参加する意向を示した。  また、それだけではなかった。マリアムとティフェーナも、何か状況を変えることができる可能性があるならと、この二人にとってはリスクの高い作戦であるにもかかわらず、演奏者として参加の意向を示したのだ。  錚々たる顔ぶれが参加を表明したことで、それがクレイドの自信にも繋がっていた。  男爵らとの交渉を終えた後、リェティーとともにミセス・ヴェルセーノの家へ向かっていた。  リェティーは懐中時計で時刻を確認する。 「まだ正午までに約二時間もあります。最近は日暮れも遅いので、日没までには九時間以上もありますね」  時間を細やかに確認できることは非常にありがたい。時間は刻々と過ぎていくものの、今のところ順調といえるだろう。 「ありがとう。きっと、うまくいくよ」  クレイドはリェティーに笑顔を向けて頷くと、リェティーも両手を胸の前で握り、力強く頷いた。 「はい。イゼルダおばさまを、必ずお救いしましょう」
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