第1話 初恋の人と……

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第1話 初恋の人と……

 ステンドグラスを透して柔らかく降り注ぐ陽の光が、祝福を授けるようにして私たちを照らしていた。  「私たちは本日、お集まり頂きました皆様の前で結婚の誓いを致します。今日という日を迎えられたのも、私たち二人を支えて下さいました皆様のお陰です。これからは、二人で力を合わせて苦難を乗り越え、病める時も健やかなる時も、喜びを分かち合い、笑顔溢れる家庭を築いていく事をここに誓います。未熟な二人ではございますが、今後とも末永く見守って頂けましたら幸いです。  2022年2月2日 新郎 瑠伽(ルカ)・サイラス・エスポワール、新婦 真緒理(まおり)」  厳かな静寂の中、魅惑的なバリトンボイスが響き渡った。彼のこの上無く端正な横顔を一心に見つめる私は、感極まって潤んでいるように見えるだろう。そう、表向きは。  指輪の交換も、滞りなく行われた。少し幅広のプラチナのリングが、互いの左手薬指に穏やかな光を放つ。 「それでは、誓いのキスを」  神父の重厚な一声に、トクンと鼓動が跳ねる。彼の両手が、目の前の白いベールをゆっくりと開けた。彼の知的に引き締まった唇が、緩やかな弧を描く。上品な二重瞼のアーモンド型の瞳は、今日も吸い込まれそうなほどに美しいロイヤルブルーだ。しかも今は、ステンドグラス越しの陽光に照らされ菫色がかって見える。更には、金褐色の髪が黄金色に耀いている。純白のタキシード姿は神々が総動員して創り上げた人間の最高傑作だ! と断言されても、異を唱える者は皆無に違いない。彼の双眸が柔らかく細められ愛おしそうに私を見つめ、その恐ろしい程に整った顔がゆっくりと近づく。その瞬間、目を閉じないといけないのは本当に惜しい。だってきっと、一生に一度……最初で最後の瞬間だと思うから。  (大丈夫よね。だって、肌のスキンケア、髪の手入れ、唇のケア、これでもか、て程磨き上げたもの。極上の美人ではなくても、肌触りの良さと間近で見られても恥ずかしく無いように……。体型改善で有名なあのに三カ月通って、徹底した食事管理と細身でしなやかな筋肉もつけ直した。だからこの、プリンセスラインの純白のドレスもそれなりにになっている筈! ……多分、きっと、恐らく……だけど)  ドクンドクンと鼓動が早まるにつれ、期待と羞恥が入り混じったその瞬間、それは一陣の風のように触れて通り過ぎただけだった。  (なんだ……) 少しだけガッカリしてしまう自分と……  (ハハハ……そうだよねぇ) と納得してしまう部分と。今日の私の感情は両極に揺れ動いてばかりだ。 「お目でとう!」 「お目でとうございます!」  色とりどりの花々とライスシャワーが、聖クラスター教会の階段をゆっくりと降りる私たちに舞い落ちる、沢山の祝福の声と共に。 「私に頂戴!」 「私よ!」 「絶対に受け取るからっ!」  独身の女の子達が、私たちから少し離れた場所に群がる。これから行う、というイベントを盛り上げてくれるのだ。中には本気の子もいると思う。だって、今日夫になったばかりのこの彼は、今を時めく美形売れっ子作家。そしてその御家柄は……世界中にその名を馳せている『エスポワール』グループCEOの御曹司なのだ。しかも、エスポワール家とは英国貴族……古くは侯爵という爵位持ちでもあるのだ。  そんな絵に描いたようなハイスペックてんこ盛りの彼は……いやいや、フィクションでもそんなゴテゴテに盛らないたろう、という突っ込みは一先ずおいておき……現在27歳。  私の三つ年上、所謂幼馴染というやつだ。私はと言えば、塔本グループのトップ兼代々政治家の家柄の次女。はまぁ、立派と言える。  瑠伽・サイラス・エスポワール。瑠伽=Luke(ル-ク)から。意味は光を運ぶ者、光。サイラス=太陽、エスポワール=希望、名前だけで見ても昭和の少女漫画みたいにモリモリコテコテに盛られている。周りから見れば羨望の的だろう。だからそれにあやかってブーケを受け取って自分にもを! と願う気持ちも理解出来る。だが、同時に  ……何であんな平凡な子が???……  という本音が、美辞麗句の建て前に見え隠れしているのもまた非情な事実だ。その通りなのだから、何も言えないし別に反論も抵抗もするつもりもない。更に言えば、  ……相手の男の一時的な気まぐれに違いない、まぁ見てな。三カ月もしない内に浮気するし、三年も経たない内に離婚するから……  ……いやいや、三年も持たないだろう、一年経たない内に離婚か別居と見た……  と嘲笑う声も少なくない。中には、  ……仮面夫婦に決まってるじゃん、お互いになんでしょうよ……  と確信めいて言い触らす奴らも多い。  彼は私の初恋の人、ずっと想い続けてきた片想いの相手。  今日私は、この彼の妻となる。お察しの通り、恋愛結婚ではない。けれどもお見合い結婚でもない。そう、巷の恋愛小説や漫画で話題の【契約結婚】をしたのだ。  彼には、学生の時からずっと……想い合う恋人がいた。
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