ノンシュガー

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***** 当たり前の様にぴったりと隣に身を置く常葉に、半ば諦めもついた佑が連れて来たのは大学時代数名の友人達と来ていた居酒屋。 こじんまりとした落ち着きのある雰囲気とメニューは少ないが料金が安い割に盛りが良いと評判の店だ。 今日もそれなりに客も入り賑わっている中、すっかり顔馴染みの店主に串焼きの盛り合わせと取り合えず生を注文。 店内の一番奥にある、空いていた畳みの小上がりに腰を下ろした。 「つか、お前常葉じゃないの?」 「…常葉だけど」 「青柳、やぎ、とか呼ばれてなかったか?」 「青柳だから」 「ん?」 佑とはテーブルを挟んで真反対に座り、きょとんとした表情で眼を瞠る常葉の長い睫毛が揺れる。 「青柳常葉、だよ。常葉って名前。もしかして佑さん、常葉が苗字だと思った?」 思ってた…。 それを赤くなった顔が物語っているのか、あはははっと笑う常葉は早速運ばれたビールを手に取ると佑のビールグラスに当てた。 「悪い…不躾に呼び捨てしてるな、俺」 「はは、いいよ、気にしないで」 「あの、さ、」 「うん?」 「俺決してお前があの近くの学校に居るから、あの店をバイト先にしたんじゃないからな」 「どういう事?」 「いや、世間が想像以上に狭いのか、奇跡が安売りされてんのか、知らないけど…本当に俺ストーカーとかじゃねーからっ、偶然、たまたまあそこでバイトしてただけで…」 口早にそう告げれば、またきょとんとした常葉が次いですぐに大口を開けて笑う。 さらりとした銀髪と肩が揺れる様に、むむっと眉根を寄せる佑だが、目元を指で拭う男は小馬鹿にしたように眼を細めると、肩を竦めた。 「そんなの思う訳ないじゃん。僕の名前をろくに知らなかった人が学校まで特定できるとは思わないし」 「そ、そりゃそうだけどさ…」 ぐうの音も出ない程の正論がパイになって顔面に剛速球で投げられた気分だ。 しかも絶対に馬鹿にされていると分かる声音。こんな学生に馬鹿にされるとは、社会人として何とも不甲斐ないと項垂れてしまう。 「はい、お待たせしましたー。串の盛り合わせです」 「あ、ありがと」 それでも目の前に運ばれた串の盛り合わせの香りにぐぅっと腹が心許ない音で主張してくるのだから、思ったよりも神経は太いのかもしれない。 「うまそっ、僕鶏の心臓食べたい。あ、ねぇ、揚げ出し豆腐と唐揚げのタルタル乗せも追加していい?それと焼きおにぎりも」 「はいはい」 常葉も腹が減っているらしく、きらきらと眼を輝かせ串に手を伸ばしながら、ついでに追加オーダーも済ませる。 先程ハニートーストはこのスレンダーな身体のとこに収まったのだろう。食べるからこんなに成長したのか、なんてぼんやりとビールを煽る佑も串へと手を伸ばした。 「ね、あれからどうしたの?」 「え?」 「彼女。ちゃんと話出来た感じ?」 掴んだネギマを奥歯で噛み締める。 じわりと伝わるのは肉の旨味とネギの甘味。 そこには苦みも臭みも何も無い。 「まぁな」 そうポツリと洩らせば、『どっちに?』とまた問われる。 「お別れの、方向に」 「そっか」 一言答える度にビールを体内へと流し込めば、すぐにジョッキの中身は無くなっていくのは当たり前。 揚げ出し豆腐が運ばれついでにまたビールも注文。 「あの時は悪かったな」 少なくなったビールをおかわりが来るまでにちびりちびりと飲んでいく佑の謝罪は常葉へと。 「悪かった、って何で?」 「……いや、何か慰めて貰った形になったしさ」 男同士、成り行きとは言え、矢張り一度身体を重ねてしまった故からの気恥ずかしさが先立つのか、ネギまを口に含みながら言葉を選ぶ佑だが、常葉と言えばそんな気遣い等無用だと言わんばかりにまた口角を上げた。 「そっか、じゃ僕は気持ちいい上に慈善活動までしてたんだぁ、すごくいい人になった気分」 邪気の無いその笑みは本当に若々しさのある可愛らしさが見て取れる。 せいぜい離れていても一つ二つ程度だと思っていた年齢差。 嫌な予感がする。 「常葉、お前いくつ…?」 「僕?二十歳。もうすぐ誕生日くるけど」 「うー…っ!!!せ、セーフ…っっ!!!!」 「は?」 良かった、未成年ではない。 ギリギリではあるけど、アウトではないのが救いだ。こんな事安達にでも知られてしまったら一生末永く遊ばれるに違いない。 「だったら佑さんは?」 「え、俺は二十五だけど…」 「へぇ、結構上だったんだ」 「安達と同級生だしな」 へぇっと相槌を打つ常葉の元に佑のおかわりのビールと共に唐揚げのタルタル乗せが到着。 こんがりとした油の香りと醤油の匂い。 酸味のきいたタルタルの香りもぐっと胃に寄り添ってくる感覚がなんともやらしく感じてしまう。 「ちなみにハーフで帰国子女なんだよね、僕」 「え」 キャラが渋滞してませんか、外見もスペックも。 だがそう言われてみれば確かにこの日本人離れしている容姿とスタイル。睫毛も銀髪だと気付けば、この髪色も天然と言う事なのか。 なるほど。 色々と恵まれていると感心してしまう佑は、一人頷きながら二杯目のビールに手を伸ばす。 「でさ、どうする?」 「何が?」 「今日だよ」 「今日?何もしかして今日が誕生日とか言うなよ」 訝し気な視線でビールを流し込む佑に、今度はむぅうっと常葉が唇を尖らせた。 「違うってー、今日はエッチする?って聞いてんだよ」 ――――ぶっ…!!!!! 噴き出してしまったビールが宙を舞う。 反射的に噴き出してしまったと言うのに、これまた反射的に常葉に掛からない様に顔を背けてしまったのが我ながら意味が分からない。 げほげほと咳き込む佑だが、聞こえてくるのは笑う声。
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