ノンシュガー

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一斉に視線を浴び、じんわりと身体に籠る熱が汗ばむ。 「何それ?お前そんな綺麗な子お持ち帰りしちゃったのかよっ!!?」 半ば興奮気味に唾を飛ばさん勢いでそう前のめりに佑に迫る津野だが、 「……え、いや、まって…安達が眼福なんて、それ女の子じゃないでしょ」 岡島の鋭い一言でシン…っと静まり返る部屋で、未だ注がれる三人の、特に津野の眼が痛い。 (何と答えるのが正解だよ…) もう酒の味も分からない。 いくら津野や岡島が同性愛等に偏見も無く、安達の事も昔と変わらず接しているのも理解はしているが、それとこれとは話は別。 「……一緒には出たけど、大通りで別れたんだよ。向こうは向こうで用事あったみたいだし」 「本当にー?」 「本当だって…俺の顔色悪いってタクシー拾ってくれて」 嘘も方便とは有り難い言葉だ。 だって、矢張り女にフラれ、年下の大学生の男にセックスしてもらい、慰めて貰っただなんて情けない上に格好悪いにも程がある。 安達の店でおいおいとやけ酒していた割には、ちっぽけなプライドに傷をつけたくはないらしい。 そんな佑の弁明に納得は言っていない様子の安達と津野、そして『なーんだ』と、つまらなそうに呟く岡島は店内をウロついていた店員にビールのおかわりを追加。 「安達、お前の勘違いだな」 「そうかしらねぇ…女の勘に間違いは無いと思ってたんだけどね」 「女ってところから間違ってるじゃんか」 セクシャル的な軽口もこのメンバーだからこそ。 ぎゃーぎゃーとやかましい野太い声と断末魔をBGMに佑からは重い溜め息が零れた。 そうして、ワクワクもときめきも、ドキっも一切ない男だらけの飲み会の中に、 「あーっ!!!」 甲高い声が響いたのは、締めの雑炊を佑が寄り分けていた時だ。 「え?」 土鍋でやってくるここの雑炊はあっさりとした鶏ガラベースのスープに味噌の入った癖になる人気の味。 それを母親の如く、呑水に分けていた佑とレンゲを持つ三人は声の方へと一斉に視線を送る。 小上がりにある個室とは言え、入口付近はフルオープン仕様。 奥にお手洗いがある為、行き来する客から丸見えではある為仕方ないのだが、こんな露骨に部屋を覗き込む人間がいるとは。 なんて思っていれば、 「――あ、」 小さく声を発したのは佑だ。 中腰の体勢で若干間抜けではあるが、こちらを指差してみる女性に見覚えがあった。 「…由衣の、友達?えっと、持田さん、だっけ」 「あ、本当だわ。大学時代からよく一緒に居た子よね」 安達も覚えていたらしく、思い出したと両手を鳴らせば、他の二人も何となく見覚えがあったのか、『あー…』『名前までは覚えてないけどな』と各々に頷いている。 そんな男達から微妙な記憶のラインに生きている由衣の友達でもある持田は、驚愕に満ちた表情から、次第にその顔を歪めていく。 「松永くん…」 「え、俺?何?」 由衣の友人ではあるが、実際に話したのは片手で余る程の女性。 それがいきなりこんな場所で声を掛けられた事に、くるりと眼を大きくした佑は訝し気にそちらを見詰めた。 「松永くん、楽しそうだね…由衣はめっちゃ傷付いてるのにさ」 「…………」 あぁ、そういう事ね。 右手におたま、左手に呑水状態の自分がとても楽しそうに見えるのか。 尤も見様によってはかなりはしゃいでいる様に見えないでも無いかもしれないが、それをこの女に言われる筋合いは何処にあるのか。 しかも、由衣の捏造により誤解されているとしても、だ。 「何が悪いの?友達と飯食ってるだけなんだけど」 きっぱりとそう告げる佑に、持田の眦が釣り上がる。 「私だって落ち込んでる由衣をぱーっと飲もうって此処に連れて来たんだからねっ、それなのに元凶が居たら全然元気にならないじゃないっ」 「……だから?」 「え、もしかして帰れって言ってんの?」 「はぁ?あり得ないでしょー。別に僕達は君たちの所に顔見せたりしないよ?」 「そうよ、そうよぉ」 ついでに言わせて貰えば会計も席で済ませる事が出来る。 そうしたらテーブル席や他の部屋の前を通る事無く、裏から出て行けばいいだけの話なのだ。 しかし、佑を見る持田の眼は汚物を見るそれと同等。 「て言うか、松永くん、私君の事見損なってるんだよっ」 「…はぁ」 「誕生日の次の日に振る鬼畜なとことか、二年も付き合って就職もしない、責任も取ろうとしない態度とか」 あぁ、どうしよう。もしかしてこれって長くなるやつ? よくよく見れば彼女自身もアルコールが入っているようだ。赤みの入った顔は佑への憤りからだけではない。 「ちょっとぉ、佑…さっさと食べて出ちゃいましょ」 相手にする事無いわよ、と佑の肩越しに聞こえる安達の声と、 「おい、俺が一言本当の事含めて言ってやろうか?」 津田の苛立ちが滲み出ているその表情。 岡島に至ってはこの最後の締めの雑炊を目的に来ていると言っても過言では無い程の好物を目の前に、レンゲを咥えた侭持田へじっとりとした切なげな視線を送っている。 (あぁ…もう、本当面倒くせぇ…) 「持田さん、悪いけど俺等締めまで食って帰りたい訳よ。お望み通りさっさと帰るから、もう邪魔しないでくんない?」 「あのさ、松永くん、一言謝罪しようとかそう言う気は無い訳?」 一通り雑炊を分け、さっさと友人達へと配る。 「無いね」 「……え、」 抑揚の無いあっさりとした答えは持田にとって意外だったのか、眼を見開き、動きを止めるとまじまじと佑の顔を凝視。 「由衣にも聞いてみなよ、『俺から一言要る?』って。多分いらないって言うと思うけど」
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