ノンシュガー

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少しの間唇を噛み締め、拳を握っていた持田だったが、耳まで赤く染めると、ぷいっと顔を背け漸く自分の席に戻って行ったらしい。 ふぅ…っと息を吐く四人。 自然と肩に力も入っていた様で、脱力した途端に疲労に襲われるシンクロを見せてくれた。 「まさか、同じ日、同じ場所に由衣ちゃんも此処に来てたとはね~」 「まぁ、ここって結構皆大学時代から使ってたし、居ても可笑しくはねーか」 「温くなってる…本当、さっさと食べて出ようか」 冷えかけている雑炊をめそめそと食べ始めた岡島に続き、皆もレンゲを動かし始める中、すっかり食欲を無くした佑は苦い面持ちで持田が立っていた場所を見詰める。 元々由衣に紹介してもらった時から、面倒見が良いだとか、正義感の強い子なんだよ、と言われてはいたが、実際に面と面で向かって話してみると、それを建前にした面倒な人間だとしか思えない。 (第三者が出張って来るなっつーの…) 大人気ない、且つかなり塩な対応をしてしまったとは思うものの、あれ以上の対応が見つからなかったのは事実。 それと同時に脳裏に思い出されたのは、 『要らないなら、ちゃんと処理しないと』 『こういうのは、残しちゃダメなんだよ』 ネックレスを引き千切った常葉の姿。 サイドから分かれた銀色の長い髪がさらりと揺れ、眼を細めて笑う顔。 「………」 すっかり冷えてしまった雑炊の味気なさを噛み締めながらも、ふっと笑ってしまった佑に誰も気付かず、飲み会は幕を閉じた。 ――――――と、 (思うだろ、普通) 「待って、松永くん」 会計をテーブルで済ませ、裏口から店を出た四人はそのまま現地解散。 二次会はまた今度のお楽しみ、とそれぞれ帰路に着いた訳なのだが、何処でどう佑の動向を見ていたのか、背後から掛けられた声にぎょっと眼を見開いた。 「待ってよっ」 「え、なん、で…」 居酒屋から出て少し先にあるタクシー乗り場。 電車で帰らないといけない三人とは違い、此処からならば佑はタクシーで帰った方が早い。その為いつもここでタクシーを拾っているのだが、その事情を知っているのはきっと――――。 「待って、やっぱり一度由衣と話するべきだよっ」 このお節介な女性の後ろに居る、俯いている元カノ。 よくよく見れば、まだその後ろに数人の人影がある事に本当に溜め息しか出てこない。いや、もう溜め息すらも億劫だ。 「由衣も本当は話しがあるみたいなの。仮にも恋人だったんだから聞いてあげてよ」 此方の返答も聞く事も無く、ホラホラと持田から背中を押されて出て来た由衣は最後に見た時と何ら変わりはない。若干顔色の悪さは目立つが、それは罪悪感からなのか、好き勝手言ってしまった故の恐怖からなのか。 「あ、の、久しぶり…」 「うん」 絞り出した掠れた声。 少し前の自分ならば、そんな弱々しい声を出されたならば、抱きしめて頭の一つでも撫でていたかもしれないが、今は寒々とした白けた感情しか湧かない。 (マジで捨てた、って言葉が合ってるんだな) 彼女に関する物全て――。 「えっと、私…何て、言うか、」 言い淀むのも歯切れの悪さが目立つ。 言いたい事は本当にあるのだろうが、それはきっとこの様な場では無く、二人切りで、一対一で話したかったのだろう。それをきっと何らかの形でぽろりと言ってしまい、持田がそれを全力で頼んでも居ないのに引っ張って来た、と言う所だろうか。 尤も同情する事は欠片も無いが。 大方『可哀想ー』『酷いよねぇ』と口々に言われ、悲劇のヒロインにでもなったのだ。津野に見せられたSNSもそれっぽい事ばかり呟かれていた。 だから、この場合言う事はひとつしかない。 どんな事を言われようと、この言葉だけ。 「あのさ、」 「…あ、う、うん」 こなれた感のある上目遣いも、純粋に可愛いと思えなくなってしまっている。 「もう、俺等関係無いから」 「へ、…っ」 大きく見開くそれも三か月前までは可愛いと思っていたのに。 思っていたのに、 『えーっ、しないのぉ?』 『てか、一回やったんだから二回も三回も変わらんくない?佑さぁん』 ふっと過った常葉の挑発するような美形の男が再び襲来。 いかん、これはいかん。 由衣との事が切っ掛けだからか、条件反射であの男が現れる様になっている。 かぁあっと赤くなる佑だが、はっと自分の世界に入り込んでいた事に気付き、今更由衣へを見遣った。 ―――真っ青になったその顔、上目遣いだった眼はぎりっと釣り上がり、なみなみと水分が溜まっている。 「か、関係ない、って何よぉ…っ」 「…………」 「酷いよ、それは酷いじゃない、確かに私だって、悪かったかもしれないけど、でも、」 「…………」 「ちょ、ちょっと由衣?松永くん、由衣に何言ったのっ!?」 「やだ、泣いてるー」 「え、お前何泣かせてんだよ」 「おい松永、調子乗り過ぎじゃねーのっ」 もうカオスだ。 女友達だけでは無く、野郎も居たらしい。 何処かで見た顔に大学が一緒だったのかもしれないが、名前も思い出せないそれらに、気持ち悪さしかない。 誰か助けて欲しい。 この際もう本当に何でもいい。三分しか持たないウルトラな宇宙人でも、己の顔を引き千切って食わせようとするパンのヒーローでも、 「あれ、佑さんだー」 ずしっと肩に乗った重みと共に軽い声音。
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