ノンシュガー

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そろりと隣を見れば、銀色の隙間から覗く細い眼が三日月を模っている。 「常葉…」 「やほ、佑さん。何してんの?」 肩に回された腕に力が籠り、頬と頬が引っ付き合う程の至近距離に、うぅ…っと戸惑いながらも、 「僕はさぁ、友達に誘われて出て来たんだけど、折角ならこの間佑さんが教えてくれた居酒屋行こうと思ってさぁ。あそこのタルタルの掛かった唐揚げ、すっごい美味しかったし」 なんて、聞いても居ない事を説明してくれる常葉にうんうんと頷いてしまう。 そんな佑に、ふふふっと笑い、今更ながら常葉はゆっくりと周りを見渡した。 長身で暗がりでも分かるのであろう、キラキラとした髪と常葉の美貌。 息を呑む気配が伝わり、予想外で登場してきたこの男に見惚れているのだろうと言う様子が容易に伝わってくる。 「で、誰ぇ、コイツ等」 肩に置かれていた筈の手は前に回り首をがっちりキープ。 そのまま常葉の顎が佑の肩の上に置かれ、口を開けば吐息が掛かり、ぞわぞわとした感覚に肌が粟立つ。 「…っ、だから近いんだよ、お前は」 そんな二人の遣り取りを呆気に取られた風に言葉を無くしていた由衣だが、染まった頬が物語る。 常葉の顔面にきゅんとしている、と。 「た、佑…だ、れなの、この子」 現に佑に問いかけていると言うのに視線は常葉にガッツリとロックオンされている。 (安定した将来と顔がいい男も気になるってか?) いや、それは当たり前の事なのだろうが露骨なその態度に引き攣る佑の顔と自分の顔に見惚れる女を交互に見遣った常葉は、あぁ、っと首をこてっと傾げながら微笑んだ。 「こんばんはー」 「え、あ、あの、こんばんは…」 笑顔を向けられ挨拶をされた事に由衣の顔がまた赤く染まり、先程まで酷いと佑を罵っていた唇が笑みを浮かべた、が。 「もしかしてこの人が佑さんの元カノ?将来性が無いし、顔も普通でつまんないとかって二股してたって言う」 ーーーー ーーーーー…… お、 (お前、何言ってくれちゃってんのぉぉぉーーー!!!!!!!!) 文字通り、眼を見開いた侭にびしっと固まったのは佑だけでは無い。 目の前の由衣も、その後ろに居た持田も、モブ達も。 空気までもーーーー。 「え、何?もしかして違った?」 あっけらかんとしているのは常葉だけ。 にやにやとしているのも見なくても分かる。 そんな中で、 『そうなんだよ、これが噂の元カノだよぉ』 なんて紹介出来る筈も無い。 と、言うよりも、 (コイツ絶対確信犯だろ…) 無言は肯定と受け取ったのか、笑顔を崩す事無く真っ青になった由衣には眼もくれずに佑にもたれ掛かる常葉の声は甘い。 「何があって集まってんのか知らんけど、話って終わった訳?」 「え、あ…まぁ…」 佑の答えの歯切れが悪かろうと関係無い。 「じゃ、行こっかぁ」 「ーーーへ、」 「偶然って言うのは、その時に行動しなきゃね」 ぐっと肩を掴まれた侭、踵を返そうとする常葉の動きは全く迷いが見えず、狼狽える佑はされるが侭。 しかし、この場から連れ出してくれるのは有り難い。 もしかして空気を読んでくれたのでは? (だったら…礼のひとつくらい…) 「た、佑だってっ、」 「ーーっ、」 悲痛な声に反射的に振り返った佑だが、常葉の手は離れない。 だが、友人の前で自分の嘘が暴かれ、それに加えて佑だけを悪者に仕立てたと言う悪徳さが露見した事に後には引けないのだろう。 上目遣いとは違う、鋭い視線を佑に向けた侭、ぎりっと唇を噛み締めた。 「私だって、二年待ったのよ…っ、夢なんて捨てて、ちゃんと就職してくれるって信じて。一度大手に内定貰えたんだもの、そのうちって」 感情が昂ったのか、ぽろりと溢れる涙。 「将来を考えて付き合って何が悪いのよ、想定して選んで何が駄目なのよっ。大体、あんな才能も無いのに夢ばっかり追い掛けて!いい加減現実見なさいよっ!!」 吐き捨てた言葉が由衣の本音なのだろう。 男と二股を掛けた理由を交えて、佑と付き合った理由も一緒に添えられた本音。 正直ショックかと聞かれたら即答でショックだと答える事が出来るが、 (才能…無い、って…) 一番のショック所はここなのだ。 ふらりとへたり込みそうなくらいに膝に来たその言葉。 『次が最後だって思って頑張ってみたら?』 『無理しない方がいいよ』 そんな風に応援してくれていたのは、夢だったのかもしれない。 …… (あ、いや…) 元々応援なんてされていない? 励ましの言葉の中に、今頃になって副音声が聞こえる。 『さっさと諦めなさいよ』 と。 眼を泳がせ、頬を引き攣らせる佑は誰がどう見ても滑稽だろう。 一撃食らわせたと思ったら、フルパワーでカウンターを食らった、そんなイメージに目元が熱を帯びる。 常葉が居なければ本当に倒れていたかもしれないと脚に力を入れるが、 「つか、勝手に二年とかを費やしたのってあんたじゃないの?」 隣から聞こえた声に意識が浮上。 ばっと勢いよく見上げれば、眉間に皺を寄せた常葉の訝しげな声が由衣へと発せられた。 「言えば良かったじゃん、私が大事なの、夢が大事なのぉ、って。聞きもしないで二股の挙句にみっともない言い訳ってどうなの?」 ねぇ、と佑に同意を求められるも、ご期待に添える様な答えを発言できるだけの強い心臓は持ち合わせていない。 むしろ持っていたらこんな気持ちにもなっていない。
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