ノンシュガー

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だが、それはあちらも同じだったらしく、真っ青になった顔色と震える唇からダメージの大きさを知る。 「それで、察してオーラ出してる奴とかも最悪だよねぇ。日本人の美学だか何だか知らないけど、ストレートに言わない事が良しだなんて、ダサぁい」 「…………」 「………っ」 思い当たる節があるのだろう。 びくっと小さく身体を揺らした由衣に自分の憶測は間違いでは無かったのだと溜息を吐いた佑の肩にまた力が込められた。 痛みを感じる程のそれに眉根を寄せるが、見上げた先の常葉の笑顔に口を噤む。 「じゃ、元カノばいばい」 それだと言うのに、これで終わりだと、誰にも有無を言わさない雰囲気を纏い、空いている手をひらひらと振る常葉に引っ張られ、ようやっとその場を去る事が出来た佑はちらりと背後を最後に一瞥した。 誰一人動く事無く、暗がりに消えていく人の形。それがぼんやりと影になった頃、酷く焦燥感に苛まれ、罪悪感にも似た気分に出てくるのは、舌打ちだ。 何処まで連れて行かれるのかと思えば、少し裏路に入った先にあるコンビニで止まった常葉は入口付近にあるベンチに佑を座らせると『ちょっと待っててー』と颯爽とその中へ。 (…疲れた) 離れたぬくもりが消え、残るのは疲労感。 無駄に入っていた力が座った途端に抜け落ち、身体まで溶け落ちそうな感覚に佑はぐっと唇を噛み締めた。 ほぼ深夜と言うのもあり、こんな路地裏にあるコンビニは流石に人が少ない故か、静かな空気と音。 若干漂ってくるアルコール臭は一体どこから来ているのか、なんてどうでもいい。 瞼も重い気がする。 眠い訳ではないが、ゆっくりと眼を閉じ息を吐けば、少しだけ落ち着くかと思ったのだが、 『才能無いっ』 吐血しそうだ。 精神的ダメージが大きい。 別に特別秀でた才能があるだとかそんな事思ってもいない。けれど、何処かの誰か、子供達に喜んで見て貰える様な絵本が作りたいと思ったのは確かで。 「………きっつい」 もうしばらく好きな事を、夢を追っかけたい。 でも、どこかで、やっぱり?なんて思ってしまうのは、自己肯定感が低いとかそう言う問題ではない。 他人からの言葉だから、酷く痛むのだ。 (見せた事も無いのに、) 「何、酔っ払ってんの?」 「え?」 気付けばコンビニから出て来た常葉が目の前でしゃがみ込み、見上げている姿に佑はぱちりと瞬きを見せた。 長い脚が綺麗に収まったコンパクトなスタイル。 一家に一台あったら嬉しいかもしれない。 「……酔っ払ってない」 「あはは、ぶすくれた顔がすっごい不細工」 「………敬え、年上だぞ」 すんと鼻を鳴らせば、またはははっと軽快に笑われる。 「これ、あげるよ」 そんな失礼極まりない男が渡してきたのはペットボトル。 ひんやりとした触感に、きょとんとする佑だが言われてみれば、今頃感じてしまう喉の渇きに複雑ながらも、『ありがと』と頭を下げた。 蓋を開け、一口含めば水分が口内に行き渡り、喉を通る。 じわりと染みわたる様な感覚が心地よい。 「うまい…」 「そ、良かったー」 然程良かっただとも思っていない様に感じる声音だが、この行動は素直に有難い。 しばらくちびちびと水分を取り続ける事、数分。 ようやっと落ち着けたのか、ふぅっと息を吐きながら顔を上げた佑とその隣でぽちぽちとスマホを打っていた常葉も顔を上げる。 「そういや、お前…友達と待ち合わせしてたとか言ってなかったか」 「そう、呼び出されたんだよね」 「……もう、行っても大丈夫だぞ。何か変な事に付き合わせてわるかったな。でも…助かった…ありがと」 ペットボトルをころころと掌で転がし、照れ臭さを誤魔化しながらもそう改めて礼を言えば、また安堵で溜め息が零れ落ちる。 「つか、お前今頃から飲み始める訳?元気だな」 「まぁね。でも断ったから大丈夫ー」 「え、そ、そうなのか?」 もしかしてこのゴタゴタに巻き込んでしまったが為に、行き辛くなったとか? それは申し訳なさすぎる、と思う反面、この男がそんな繊細な感情を持ち合わせているだろうか、とも思ってしまう佑はちらりと隣を伺う。 サイドに流し、適当に括っている髪は触れたくなる程、細く絹糸のよう。またそれに似合うた顔立ちは何処に行っても目立つだろう。 (癪だけど…) 矢張りこの男が偶然でも来てくれた事は幸運だ。 しかも、こう言っては何だけれど、 (ちょっとだけ…ちょっとだけ…) ――――すっきりした…。 2年も付き合っていたのに、この感想。 非道とも取られるかもしれないが、好きだったからこそ、だ。 所謂、可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったもの。 勿論それ以上に食らった才能無しと言うカウンターはきつかったけれど。 「………じゃ、帰るわ、俺」 家に帰ってもう一本くらいビールを開けて寝てしまおう。 明日は折角の休み。 昼まで寝てそこから創作活動に入れたら、なんて。 (ヤル気が出るかは知らんけど…) はは…っと乾いた笑いを浮かべる佑はそれでもすっとベンチから立ち上がり、常葉へと向き直った。 最後にもう一度礼と謝罪を、と。 しかし、 「あ、帰る?じゃ、今日はどうする?」 「……ん?」 晩御飯を聞かれたのかな、くらいの軽いノリには覚えがある。 「……どういう意味?」 「え?やらないの?」 「…いや、何でそう言う話になってんだよ」 何故にそうこっちが可笑しい様な体で話せるのだろうか。 首を傾げるな、あれれな顔をするな。 どこの少年探偵団の眼鏡っ子だ。
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