1mも無い

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1mも無い

誰もが面倒な週の始まり。 満員電車を抜けたと思ったら、今度はクソ程重たい画材を背に、校舎までの長い坂道を登り上がる。 周りの生徒達も玄関に着く頃にははぁーはぁーっと息の荒い者も多い中、村山も息を切らせながら肩に食い込む鞄の肩紐を掛け直すと、教室の扉を開けた。 「はよー…って、あれ?」 そこに居たのは珍しい人物。 銀髪の長い髪を今日は無造作にサイドで纏め、長い足を椅子からはみ出させながらスマホを弄るその姿。 「おはよー、やぎぃ、珍しいこんな朝から居るとか」 声を掛ければ、窓から入ってくる陽の光と同じくらい眩しいと揶揄出来るくらいの顔面からふふっと笑みが見えた。 「おはよ」 声も心地良い低さ。 スレンダーな身体は女子から足の長さは3メートルあるだとか言われているらしい。 どうやら重課金で生命体を持ったらしいこの男。 青柳常葉は、本日も見目麗しい。 「いや、まじで。どうしたの?」 そんな常葉の隣へ席を取ると、教材や画材も机の上に。 一気に軽くなった背中や肩にふーっと息を吐きながら腕を回す村山は改めて常葉へと向き直った。 「何がぁ?」 「いや、だからいつもだったら授業始まってからとか、酷い時は昼前に来てたじゃん」 それが今日はどうだ。 授業開始前にばっちりと席に座り、課題であったラフ画が机の上にも置かれている。 「うーん。起こされたから、って感じ」 「起こされた?」 あぁ、なるほど。 何処かの女の家に外泊し、そのまま出てきたと言う事か。 そう言えば、先週の金曜日、呼び出しに応じたと思えば場所を指定し、そこへ向かったにもかかわらず、常葉は急に断りを入れて来た事を思い出す。 【悪いけど、今日はパスー】 こんなメッセージの一言で。 (ん?と、言う事は、だ) ぱちっと眼を見開いた村山が常葉へと向ける。 「えー何なにぃー。お前その女の家に三泊もしたの?」 これまた珍しい。 確かに常葉はモテる。 と言うか、ハーフで容姿端麗、スタイルの良さも芸能人やモデル並み。 この容姿でモテない筈も無い。その上、こだわりはないのか、誘われたら笑顔で応じると言う貞操観念の低さ。 男として羨ましい事山の如し、ではあるのだが、唯一問題があるとしたら本人曰く集中力が無い、と言う事らしい。 つまりは飽きやすいのだ。 (同じ女ならせめて二日くらいは空けないと無理とか言ってたのにな) それが金曜の夜からと考えて三泊もしたなんて。 少々驚愕すべき事。 「よほど相性の合う女だったんだなぁ…」 思わず考えていた事をぽろりと洩らせば、すっと此方を一瞥する常葉にどきりと肩を跳ねさせた。 「いや、男だよ」 至極あっさりとした答えに、村山の背後に宇宙が広がる。 「…………え」 「男だって。その人の家に泊まってた」 へー… 「あ、あ、あぁ、男友達!あ、そうなんだ、なーんだっ」 そうか、そうか。 昔の友人にでもばったり会って積もる話しや懐かしい思い出話に花を咲かせていたのか、と引き攣りそうになりながらも、あははと笑って見せるも、 「全然。年上の男」 「…………」 何それ。どう言う関係性? そんな疑問が顔面に張り付いていたんだろう。 固まった村山を見て、ふふっと笑う常葉はスマホを机に置く。 「僕男とやってみたいなぁ、と思っててさ。その人とやってみたんだよね」 「…………おっと」 どうしよう。 かなり斜め上どころか見えないところからの答え。 あからさまに眼を泳がせ、なんと答えるべきかと思案する友人が居ると言うのに、全く気にする様子の無い常葉は続ける。 「で、この間その人と再会して、家に転がりこんでまたやらせてもらったんだけど。次の日とかご飯も用意してくれて、洗濯の手伝いとかもさせられてさ」 はーっと息を吐く常葉はうんざりだと言わんばかりの口調だが、その口元はゆうるりと弧を描き、紅茶色した眼が三日月を象った。 「昼には帰ろうと思ったんだけど、その内眠くなってさぁ、その人の隣で寝てたら、もう夜。そうしたらまたやりたくなって」 日曜日もその繰り返し。 その結果月曜日の朝になり、今からバイトだからと叩き起こされ、ちゃんと学校に行けと家を追い出された。 そんな話しを一通り聞き終えると村山はへぇ…っと相槌を返し、まじまじと常葉を見遣る。 「で…お前一度家に帰って此処に来た訳か…」 「んー。まぁ、準備して服は洗ってもらったからそのままだけど」 お日様の匂いがするんだよねぇ、とまた笑う常葉は土日はその家主に服を借りたらしい。 「…付き合うの、もしかして」 ごくっと喉を上下させる村山がどうしても気になってしまう事を問えば、きょとんと眼を瞬かせた常葉は首を傾げる。 「いや、ただヤって見たかっただけって言うか」 「…あ、あぁ、そう」 結局は普通の常葉と言うことなのか。 興味本位で男とやってみたかった、なんてぶっ飛んだ思考は同じ男として理解は出来ないが、きっと好奇心は満たされたのだろう。 その証拠に、震えるスマホを手に取った常葉が耳に当てるなり、にんまりと笑う。 「もしもしー。今日?うん、いいよ。明日はバイトみたいだし。そう、そう。じゃ終わったら会おうっかー」 なんて、嬉しそうに本日のお相手を決めているのだから。 *****
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