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「あ、青柳くーん」
「久しぶりぃー」
姿を見付けるなり、手を振りながら此方に駆け足で近寄るのが愛らしい。
スカートがひらり。
髪がふわり。
雰囲気ふんわり。
やっぱり女の子は一律可愛い。
ふふっと笑う常葉は駆け寄り抱き着いた女の腰に腕を回した。
「時間が合って良かったぁ、会いたかったんだぁ」
「そうなの?嬉しいー」
そう微笑んでやれば、女は駅前と言う立地の中、人目も憚らず益々嬉しそうに常葉の胸に顔を埋める。
「今日はどうする?」
「久しぶりのデートだもん…今日は夜まで大丈夫、だよね?」
こてんと首を傾げ見上げる姿と柔らかい香り。
「んー…そうだね、じゃ取り敢えず飯でも食う?」
「うんっ」
常葉の腕に自分の腕を回し、にっこりと微笑む姿にまた可愛い、と嘯く常葉はゆっくりと彼女の歩幅に合わせて歩き出した。
うん。
(女の子は可愛い)
柔らかくて、いい匂いがして、キスをすると身体が密着し、それが一層よく分かる。
キスもセックスもそれらが気持ち良くて好きな理由のひとつ。
背伸びする姿とか、本当可愛くていい。
ほんのりと染まった頬も、肩に置かれた小さな手も好きだなぁ…
…好き、
「…?ど、うしたの、青柳くん」
ホテルに入って、盛り上がる気持ちのまま、互いにキスを求め合ったのは、ほんの数秒前。
唇を合わせて薄く唇を開いた女だが、相手から何のリアクションもない事に訝しげに身体を離せば、ぱちりと眼を見開いた侭の常葉が居る。
「え、何…恥ずかしいんだけど…」
キスをする顔を見たいのかな、なんて少し恥ずかし気に身を捩れば、
「あのさぁ…」
「うん?」
「もっと、こう、なんて言うか…」
「…うん」
「がっ!って感じで…キス出来ない?」
「ーーーーは?」
「いや、は?じゃなくて、がっ!って感じで、」
いやいや、そうじゃなくてっ!!
意味が分からないと言わんばかりに眼を白黒させる女だが、うーんと眉を顰める常葉はそのまま動きを止めた。
(え、何?何なの?)
ホテルの一室。
ベッドの前で男と女が二人。
此処から先はお約束と言うか、鉄板と言うか、台本通りに決まっている事なのに、微動だにしない常葉を前に一体どうすればいいのか。
「え、っと…青柳くん、本当にどうし、」
「もう一回ね」
「…え?」
「頭をがっちり掴んで、噛み付くみたいにキスしてほしい。で、ちゅうって吸って」
「………」
「どうしたの?」
黙って唖然と見上げる女性に今度は常葉が首を傾げる。
何かおかしな事を言っているのかと、心底思っている顔。
真顔も美しい。
もう好みの顔過ぎて苦しいくらい。
芸能界に居てもおかしく無いのに、こんな一般世界で出会えた事に平伏したいくらい。
だが、
「…え、っと…そんな男の子みたいな、キス…自分からした事無い、から…」
戸惑うのは仕方無い。
「えー…」
「ふ、普通でいいじゃない、ね?いつもの、いつものキスして、それで、」
気を取り直そう、そう気分を戻して、また甘い雰囲気にしなきゃ。
もう一度目の前の肩に腕を回す。
ゆったりと甘える様に首を傾げ、そっと近づける唇。
だって、折角常葉が会ってくれたのに、
「じゃ、いいや。とっととヤって帰ろうか」
「……え、」
「もうキス要らないから、ヤって帰ろう」
ニコリと微笑んでいるのに、言っている事があまりにも軽薄。
自分を軽んじている。
適当にあしらわれた感にも思う。
一瞬唖然と眉間に皺を寄せた女だが、ふふっと見下ろすその笑みに、身体の力が抜け、うっとりと眼を閉じてしまうのだ。
*****
空いたカップをトレーに乗せ、さっとテーブルを吹き上げ、椅子を片す。
備え付けてあるポットの砂糖が減っているのも確認すると、それも補充すべくトレーへ。
「松永くん、大丈夫かい?」
「え?あ、大丈夫ですよ」
「腰痛なんだろう?あまり無理をしてはいけないよ。ぎっくり腰になってしまう恐れもあるからね」
「あー…はは、そう、っすね…」
なんと心苦しい嘘をついてしまったのか、今になって悔やまれるが、これは苦肉の策なのだ。
バイトへやって来たはいいが、腰は確かに痛む。
痛むが、それ以上に違和感があるのは尻だ、なんてそんな事は言えない佑はぎりっとダスターを水場へと放る。
三日間。
三日間も家に居たあの男。
その間、夜はまるで覚えたての中学生の様にセックスに没頭してしまった。
常葉もだが、自分も。
しかも、前戯をしっかりと行うのが彼の流儀なのか、こだわりなのか。
最後の方は指程度ならばすんなりと迎え挿れる事も容易になってしまったらしい。
勿論佑自身いっぱいいっぱいで訳が分からなくなっている最中。
『やばい…佑さん、もう指挿れたらすぐに吸い付くみたいになってる…すげー気持ち良さそう…挿れたいー』
と、常葉調べではあるのだが。
露骨な物言いから来る羞恥心と指で弄られる気持ち良さから、常葉の口に手を押し付ければ、
『キスがいいなぁ』
なんて言われる始末。
しかも、眉を八の字にし、しおらしく見せるのだからタチの悪さが伺える。
(あいつマジで、もう…)
余計な事を実況されるよりマシかと半ば無理矢理押し付けるように唇を合わせ、こちらから口内に舌を這わせるも、体内にある常葉の物が堆積を増すばかりなのを自覚してしまった時は、これ以上無い程泣きそうになってしまう始末。
はぁ…
その結果がオーナーに心配される程影響してしまうとは、社会人失格にも程がある。
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