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「あ…」
そうだ、プレゼントは結局どうしよう。
ジャケットの胸ポケットに入れてある細長い箱を取り出し、佑はうーんと顔を顰めた。
彼女が欲しいと見ていたネックレス。
『誕生日プレゼントだけ貰って別れてもいいと思ってるし』
(本当、それでもいいかも…)
手切れ金、とかではないが、元々彼女に購入した物であり、自分が持っていても仕方が無い物。
だが、これを渡してしまえば本当にそこで縁が切れるのは間違いないだろう。
「はぁ…」
女々しい。
本当に女々しい。あんだけ言われたい放題言われていたにもかかわらず、未練たらたらなのが本当に見苦しい。
「ちょっと、佑…あんた本当に大丈夫なの?」
いつの間にか戻り、酒を作りながら心配そうな眼を向ける安達にも、こんな事格好悪くて言える訳も無く、むぅっと唇を尖らせた佑はもう一度グラスに口を付けた。
「もういい加減にしなさいってば。帰れなくなるわよ」
「安達んとこにお泊り…」
「やめてよ、あたし今日はこの後アフターがあるんだからねっ」
安達にすらイイ人が居ると言う事実が顔面にめり込み、ブラックホールを生み出す。
「なんだよ、もぉー…うっ、うぅ、う」
「もう帰りなさい…あんた…」
二十五の男がする顔ではない。
真っ赤な色味とみっともなく、顔を歪め今にも泣き出さんばかりにその表情は友人であろうと言わせて貰えば汚いの一言。
そのままテーブルに突っ伏してしまった佑にタクシー呼ぶわよ、とスマホを持ち上げた安達だが、
「なごみさーん、お冷ちょうーだい」
耳障りの良い、はっきりと透る声にスマホを置き、はいはい、と冷水をグラスに注ぐ。
カウンターテーブルに顔を突っ伏したまま、その遣り取りを耳だけで聞いていた佑は少しずつ瞼が重力を持つのを感じる。
酔いが回り、気怠さが全身を覆うこの感覚。
ふわふわと心地良さも混じり、油断すると寝てしまいそうだ。
(流石に此処で寝るのはキツイよな…)
矢張り安達の家に転がり込むのがベストかもしれな、
「なごみさん、この人どうしたの?」
「酔っ払いなのよぉ、とっとと帰って貰わないと」
……無理そうだ。
友達甲斐の無い奴め。
八つ当たりに似た感情をふつふつと湧き上がらせるが、確かに酔っ払い等面倒以外の何者でもない。
(あーあ…)
タクシーを呼ぶしかないのだろうか。
仕方ないと、ぐらぐらする頭を何とか持ち上げれば、ふと頬の辺りに感じる視線。
飲み屋において酔っ払いなんて珍しくも無い筈。
それともその辺の酔っ払いとは格が違う程凝視する酷い顔をしているのだろうか。
ほんの少しだけ、恐る恐ると顔をずらし、隣を一瞥しただけの佑だが、その動きはすぐに止まった。
「ねぇねぇ、お兄さんどうしたの?」
隣にちゃっかりと座り、ニコニコとこちらを観察するようにみている男が一人。
一番最初に眼に入ったのは、その顔だ。
いや、顔と言うよりも目かもしれない。ばっさばっさの長い睫毛とそこから覗く少し細い涼し気な栗色の眼。
「ねぇ、なにがあった訳?」
その上、白い肌に桃色の唇は天然ものだろうか。
全てのパーツが特上な上にバランスも取れた、所謂イケメンと言う人種だ。
「…………おぉ」
それは酔っ払っているにもかかわらず、無意識に感嘆の声が上がる程。
「マジで大丈夫?」
さらりと流れる、一瞬白かと思った銀色の髪がこんな間接照明でも眩い位にキラキラと輝いている。
どうやら後ろで騒いでいた若い男女の集まりから一人抜けて来たらしい男は、安達にお冷のおかわりと求め、再び佑へと顔を向けた。
ぱちっと眼が合うと、ふふっと笑う顔に若さが伺える。
「………綺麗な顔してんな」
「よく言われるー」
素直に思った事を告げれば、これまた素直な返答。
あまりに嫌味の無い声音と反応に面食らう佑とは反対に、男は興味深そうに椅子をずらしながらこちらに身体を近づけた。
「で、どうしたの?」
一体何に対してそんなに興味をそそる事があったのか不明だが、こんな見知らぬ若者に何でもベラベラと喋る義理も義務も無い。
イケメンは何でも思い通りになると思うなよ。
「お前に関係な、」
「中々夢開かない上に、無職になって、恋人だと思ってた女はとっくにコイツの事見限って他の男作ってた、って話なのよ、至極簡単」
義理も義務も無いのは佑だけの話だったらしい。
しなっと身体をくねらせ、頬を赤らめるマッチョな店主はあっさりと友人を売り捌いた。
矢張り、イケメンは強者。
「安達…」
「何よぉ、本当の事でしょぉ?大体こんな滅多に経験出来ない様な事が一気にあったんだから、この際ネタにでもして消化した方が楽な位よ?」
ちなみに安達和大と言う本名からの『なごみ』と言うなの源氏名らしいが何が和みだ、全く和める要素が無い。
「お前の筋肉に覆われた心臓と俺の繊細なハートを一緒にするなやっ」
「何よぉ、失礼だわっ!あたしだって繊細よぉ!和紙で出来てる大和撫子よぉ!」
「ある意味丈夫じゃねーかよっ」
そんな同級生同士の見るに堪えない、いい年した男達の遣り取りは再び安達が客に呼ばれた事で終わりを見せたが、どうやら興奮しすぎたらしい。
一気にアルコールが脳に回り、どくんっと心臓が大きく撥ねる。
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