1mも無い

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その代わり汚れたシーツや服は洗濯させ、干すのも殆どさせたけれど。 おまけに掃除も手伝わせ、普段はやらないような台所の換気扇等も綺麗に出来たのは、かなり喜ばしい事。 (………まぁ、) 昼間の創作活動時は大人しく、隣で昼寝をしていた常葉。 キラキラと光る銀色の髪をさらりと流し、心地よさそうに大の字になってすぴすぴと。 一体こいつは何だなんだ、と思わなかった事は無いが基本は無害。 時折、寒いのか佑の膝を枕にすると言う暴挙もあったものの、それはそれで邪魔になければ良いくらいにしか思っていなかった。 だって、まさか今日まで居るとは思わなかったのだから。 ふらりと猫の様に出て行くだろう、なんて。 カップを洗い終え、さっと手を拭き、時間になったのを確認。 「お疲れ様、あがっていいよ」 「はい、お疲れ様です」 「腰、大事にね」 「そうっすね…あはは…」 あぁ、居た堪れない。 ***** 元来身体は丈夫だと何となく自負していた。 二日も立てば、腰や尻に違和感も無く、一週間経った頃にはがじがじと噛まれた肩や背中も殆ど跡は見られない。 そろそろ秋から冬に変わる季節と言うのもあり、厚着出来る。 何なく過ごせている、本日は日曜日。 二週間後にある絵本作家の為にコンテストに応募すべく、一昨日からせっせと打っていた文章は完成。 あとはイラストのみ。 正直佑は絵心ある方ではない。 本当ならば絵師と共に制作し、描いてもらうと言うのが一番いいのかもしれないが何度か声を掛けて一緒に作品を作り上げたものの、何となく納得いかないと断ったのは自分だ。 (やらなきゃな…) 子供が対象の絵本。 だったら出来るだけ原色を使用した方がいいと、何処からか得た知識を頭に置き、取り敢えずラフ画を簡単に描いていく。 (今度はどっかで引っ掛からねーかな…) 今回の話は小さな女の子が主人公。 さっさっとノートに簡単にイメージした女の子を描いていくが、矢張り苦手は苦手。 うーんと唇を尖らせ、首を傾げ、天井を見上げ、くるくると指で鉛筆を回す。 (才能、か…) 一度誰かに通してみて貰った方がいいのだろうか。 目の前で評価して貰うと言う恐怖があるが、一度きっぱりと感想と言うものが聞きたいのも事実。 この界隈、持ち込みが厳しいと言うのは承知だけれど。 鉛筆をテーブルに置き、スマホで出版社を検索しようとした瞬間、ピンポーンっと鳴った音に佑は顔を上げた。 「……はい?」 こんな日曜日に来客とは珍しい。 友人達であれば何か一言あってからの訪問の筈。 勧誘だったら面倒だなと訝し気に首を捻りながら、そろっと扉を開ける。 「あ、いたいた」 「…………は?」 ダンゴムシを発見したかの様なその口調。 予想外に見上げなければならな来訪者に、佑はぎょっと眼を見開いた。 「遊びにきちゃったー」 うふふっと笑いながら中にそのまま入ろうとする常葉に一瞬唖然とそれを眼で追う佑だが、はっと気付き、玄関を上がろうとするその身体を全身で受け止める。 「いや、ま、って、今日は駄目だ」 「え?」 「だから、駄目だって、無理っ」 「えー何でぇ?」 「えー…っと、その、兎に角駄目って言うか」 と、言うよりも常識問題いきなりやって来て家に入ろうとするこの男は不審者ではないのか。 確かに、確かに身体の関係は持ってしまっているが、だからと言って当たり前に友人でも無い、親しい間柄でもない自分が他人の家に入れて貰えると思ったら大間違いだ。 なんて、建前をもっともらしく言い訳の様に噛み締める佑ではあるのだが、結局の所、 (はず、中見られんの恥しいだろうがっ!!) 只今、絵本創作真っ最中。 中にはお世辞にも上手いとは言えない幼女のラフ画がごろごろと転がっている。それを常葉に見られると言うのは羞恥の極みでは無いのだろうか。 それだけならいいが、幼女は正義、はぁはぁが通常営業、大きいお友達の最悪変態と思われるかもしれない。 さっきまで誰かに見て貰うべきだろか、なんて考えてはいたけれど、そんな事も忘れ、ぶつかり稽古の如く体当たりで常葉を止めるも、そんな佑を見下ろす年下の男。 「何?何で中駄目なの?一度は泊めてくれたじゃん」 「そ、うかもしれんけど…その、今は駄目って言うか…」 いや、だからそもそも、何故家の中に入れて貰えると思ってるんだ。 せめて三十分、いや、十分ほど外で酸素を吸って二酸化炭素を吐き出していて欲しい。 「と、兎に角一回外に、」 しかし、 「――誰か居る?」 「は?」 「中に誰か居るとか?」 いえ、いませんけど。 なんて、言う間も無く。 一瞬の隙を突いて佑をひょいとどかせると、づかづかと中へと入る常葉に佑の顔が歪んだ。 「ちょぉぉぉぉ!!待てっていってるだろっ、何なの、お前っ」 「えーだって、気になるしぃ」 「何でだよっ!」 必死で止めるも、悲しいかな。 進んで行く常葉の腰にしがみつくも、何らこの男の枷にもならないらしい。部屋に続く扉を勝手知ったる顔で開け放たれ、佑の顔がさぁっと青色へと変色した。 「……何だ、誰も居ないじゃん」 居たら怖いわ。 誰か居ると踏んで突入したつもりの常葉から聞こえる呆気ない声。
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