1mも無い

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「女連れ込んでるのかなぁ、って」 だったら三人でやろうと思ったんだけど、なんてその端正な顔で非道徳な男だ。 「連れ込んでねぇしっ、連れ込んでてもしねぇよっ」 はい、じゃあさよならっ つまらなそうにぷくぅっと頬を膨らませる常葉の背中を押す佑としては早々にお帰り願いたい。 だが、その願いも虚しく、 「…これ、何?」 常葉の手によって拾い上げられたのは簡単に色鉛筆で色を塗った一枚のラフ画。 そんなに広くは無い部屋だ。 簡単に手の届く場所にあるのは仕方が無いと思わなければならないのだろうが、じっとラフ画を見詰める常葉に、佑はうわぁぁぁ…っと目の前の肩に額を当てた。 「女の子?」 「……ま、ぁ」 「佑さんが描いたの?」 「……い、ちおう」 「ふーん」 その『ふーん』はどう言った意味での『ふーん』なのだろうか。 小さな女の子の絵描いてるよ、キモっ なのか、 ヘッタクソ過ぎて笑える、 なのか。 もう羞恥からこんなネガティブな思想しか出て来ない佑の顔色は赤から青、青から赤と忙しない色の変化を見せる。 「もしかしてさー」 「……何だよ」 「夢ってこれ?」 「ーーーーん?」 はっと眼が見開き、勢いよく顔を上げれば、ふわりと微笑む常葉と眼が合った。 「ほら、和さんとか言ってたじゃん。夢咲かないとか、あと元カノさん?才能無い、とか」 「…よく覚えてたな」 「僕記憶力もいいんだよねぇ」 そこら辺に散らばっている残りのラフ画を拾い、一枚一枚確認するかの様に眺める常葉を今更止める気力も無い。 「で、これ何?」 「絵だけど…」 「見りゃ分かる答え求めてないよー。何に使おうと思ってた訳?」 束になったそれをひとつに纏め、テーブルに置くと同時に自然に座り込む常葉に洩れる諦めの溜め息。 どうやら出ていくつもりは無いのを感じ取り、仕方無いと佑は玄関の扉の鍵を閉め、ついでにお湯を沸かす。 「…コーヒーでいいか?」 一応客人だ。 茶の一杯でも出すのが礼儀だろう。 「そんなのいいからぁーさぁ。ねぇ、これマジで何に使うのー?」 (……ったく) むむっと眉間に寄る皺を感じながら、あっという間に沸いてくれた湯を用意したカップへと注いだ佑はそれを持ってテーブルへと。 「ねぇ、ねぇ、佑さーん?」 これは教えない限りテコでも動かないと言うやつなのだろうか。 じぃっと顔を覗き込む様にこちらを伺う常葉はにやりと笑っている。 何が帰国子女だ。こんなの外来種の間違いだろう。 あまりに周りに居なかった人種過ぎる。 とうとう観念したかの様に息を吐いた佑は、カップの中の黒々としたコーヒーを見遣った。 「…絵本」 「え?」 「絵本だよ、絵本!絵本作家になりてーのっ!」 もうヤケクソだ。 多少荒くなったものの、口早にそう告げた佑の顔は真っ赤だ。 耳まで染まったその色に、きょとんと眼を見開いた常葉は口まで開いている。どんな顔をしても様になる。 「絵本って、あの絵本?」 「絵本にあの、も、その、も無いだろ」 「へぇ」 ずずっとコーヒーを飲みながら、もう一度絵を見直す常葉は色が塗ってある物を一枚引き抜くと、ねぇ、とまた佑に声を掛けた。 「読んでみたいな」 「…は?」 「この絵を見ながら、佑さんが描いた絵本読んで見たいなぁーって」 ニコニコと笑っている常葉から邪気や悪気は感じ無い。 むしろ純粋に佑の本を読みたいと思っているのかもしれない。だが、流石にこんな殆ど知りもしない男に自分の作品を見せるのはいかがなものか。 ただでさえ、ビビって人様には見せた事が無い創作物。 しかも目の前で。 きっと一文一文眼を通しているのを、此方はどう思って読んでいるのか、どう感じているのかとソワソワしながら待たなければならない筈。 (無理…いやいや、無理だろー…) 考えただけでドキドキと心臓が鳴り響き、何処からやって来たのか、正体不明な汗が滲み出る。 いつの間にか握っていた拳の中にも水分が溜まり出すのを感じ、ゆっくりと掌を開いた佑だが、 いや…待て、よ… (知らない人間だからこそ、いいのかもしれん) きっと知人に見せれば気を遣われ、何の指摘も批判もされないかもしれない。 かと言っていきなり出版社に持ち込みはハードルが高過ぎて跨げる気がしない。 だったら、これくらいはっきりとモノを言う、ろくに知らない相手の方がいいのかもしれない。 「……あの、」 「うん?」 「ちょっと、待ってて」 おもむろに立ち上がった佑が持ってきたのはノートパソコン。 起動させ、ファイルのひとつをクリックさせると、それを常葉の方へと向けた。 「…感想、言えるか?」 ***** 地獄の様な羞恥だった。 それは佑にとっては、たった数分だったようにも、一時間だった様にも思えるが、一通り眼を通したらしい常葉はすっとパソコンから眼を離すと、色の塗ってある絵を取り出し、うーんと小さく唸る。 「一応読んだんだけどさぁ」 「お、おう」 ボロクソに言われたらどうしよう。 いや、それ以上に笑われたりしたらトラウマになってしまうかもしれない。 持ち込みなんて一生出来ない身体になってしまうだろう。
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