1mも無い

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「何でこんなに可愛い話なのにイラストは原色ギラギラ系の色なの?」 「………え」 「だからぁ、この話って乳幼児向けじゃないし、イラストももっとこう、あ、色鉛筆借りるよ」 佑の描いた絵の横にさらさらと描かれたのは、淡い色合いを使われた可愛らしい女の子。 しかも、 (うめぇ…) 表情もふんわりとした笑顔。 髪だって丁寧で繊細。皺も描かれた服に足元もしっかりと可愛らしく赤い靴を履かされている。 ほんの数秒で描かれたとは思えないクオリティ。 絵心がある人間とはこんなに普通の人間とは違うのだろか。 「こんな感じでパステルカラー使ってさぁ、可愛いに統一したがいいんじゃない?」 「ほ、ほう」 前のめりに常葉の描いたイラストをまじまじと見詰める佑の眼がきらきらと輝く。 可愛い。 本当に愛らしい。 しかも佑の脳内で動いていた、想像通りの少女がそこに描かれている。 佑が書いた文章を通じてこの少女が出来たと言うのならば、本当にしっかりと常葉は作品に眼を通してくれたのだろう。 (可愛い、とか言ってくれたしな…) 確かにふわふわとした、少しハートフルな物語になるよう意識はしていた。 それを感じ取ってくれたのは素直に嬉しいと思える佑は口元が上がっていくのを何とか堪えるも、 「原色バリバリのイラストにあのふんわりとした物語はに合わないよ。あれどうみても幼児から小学生低学年って感じだし?」 「…そ、そっか……」 「眼や触れるだけでしか情報を得られない乳幼児なら原色系がいいんだろうけど、あのくらいの文章を読む子を対象にするなら雰囲気に合わせた絵にしないと」 結構マジなダメ出しに、ぐっと息が詰まらせた。 その上、 「あと、物語。可愛いけどつまんないよね」 ぐさっと胸の中心部に入った、どんなツボ押しよりも効くそれ。 「平坦に話が進む感じ。もうちょっと捻りって言うか起承転結の転が目立ってもいいんじゃね?子供だってドキドキとかワクワクしたいんだし」 プリ○ュアしかり、仮面ラ○ダーしかり。 「あぁ…そ、っか…」 やばい、泣きそうだ。 でも確かに少し子供と言うのを舐めていたのかもしれない。分かりやすく、すっと入っていく作品をと思っていたが、淡々と進む話は頭には入るだろうが、何も残りはしない。 「あと、主人公の女の子が物分かり良すぎ。この年代の子ってもうちょっとワガママな部分あると思うけど」 「な、るほど…」 自分がいつも大人しく両親の言う事を聞いていたからだろうか。 言われてみれば、子供なのに何処か冷めている感があるのは否めない主人公の少女は無意識に自分を重ねていたのかもしれない。 (あの頃の自分が楽しんだものを形にしたいと思ってたんだけどなぁ…) まさに才能が無いとはこの事か。 はぁ…っと重々しい溜め息を吐き、そろりとノートパソコンを眺める佑はもう一度常葉の描いた少女を見詰める。 「あ、のさ、」 「うん?」 「この子、その…参考にさせて貰ってもいいか?」 「参考?」 「色合いとか、顔立ちとか」 才能は無いかもしれないが、この子をもう一度物語の中で動かしてみたい。 まるで春みたいな優しい色使いと、ふわりとしたパンケーキみたいな甘い表情。それは大人の佑が見ても魅力を感じるのだから子供達にだって刺さるかもしれない。 それに折角常葉が自分の作品を読んで形にしてくれたのだ。これを活かさない手は無い。 おずおずと目の前の男を伺えば、ふむっと何やら考え込む様子に肩を竦ませるも、 「おっけー、いいよ」 にこりと綺麗に弧を描く唇から承諾の言葉。 「え、まじか」 「うん、だって僕が描いたイラスト気に入ってくれたんでしょ。使っていいよ」 「あ、ありがとっ!」 よくよく考えてみれば、芸術系の学校に通っているであろう常葉。こんなイラストなんて他愛も無い作品のひとつなのかもしれないが、それでも快諾して貰った事に感謝しかない。 (じゃ、早速…) 常葉のイラストを透明のクリアファイルに汚れぬ様入れ込む佑はほくほくと頬を持ち上げる。 やっぱり可愛い。 そうほくそ笑む彼は意外と可愛いもの好きだったりするのは、友人にも知られていない。由衣だって知らない一面なのは悟られぬ様にしてきた。 平均以上の身長を持ち、そんなに華奢でもない体格の成人男性が可愛い物好きだなんて、そんなに気持ちの良いモノでは無いのでは?と懸念していたのが大きい。 しかし、気が抜けていた佑からそんな懸念は抜け落ち、若干ある意味での近寄り難い雰囲気を醸し出すが、そんな彼の様子に常葉はふふっと口角を上げた。 「じゃ、そう言う訳でさ」 「え?」 「前払いにやっとく?」 「………前払い…」 どう言う事、とは聞くまでもなく、この展開がまさにお約束、ベタ過ぎてどこのエロゲーだと問いたくなってしまう。 (いや…悪徳代官か…?) けれど、慣れとは怖いものである。 やれやれと肩を竦め、常葉の首根っこを掴むとむにぃっと唇を押し付けた。 ぎゅっと見開かれる紅茶色の眼が琥珀玉の様に美しい。それを特等席で見れるとは、流石に優越感のひとつも出来ると言うもの。 「何でキス?」 「…お前、キス好きなんだろ?」 違うのか?
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