1mも無い

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「何でそう思った訳?」 「え?いや、何となく…」 「…まぁ、嫌いじゃないけど。気持ち良いし」 ふむっと顎に指を当て、斜め上を見上げる常葉に佑は肩を竦め、 「あ、そう。そりゃ良かった」 さてと、パソコンを机の脇に置き、早速と取り出したネタ帳のノートを広げた。 「え、ちょっと、え、佑さんっ?」 「何?」 その様子に慌てた様に身体を前のめりに近づいたのは常葉。 ぎゅうっと眉間を狭め、咎めるその表情。 「僕、やりたい、って言ったんだけどー」 「何で前払いでフィニッシュなんだよ。前払いの意味分かってんの?お前」 「ちぇ」 唇を尖らせる様も整っている顔立ちを目立たせる。 これは確かに女どころか、男も引き寄せるのは当たり前だろう。 そんな中で何故自分を誘うのか、なんて佑には知る由も無いがそんな事今更だ。 (一回やったら同じってな…) しかも割と気持ちが良いのも知ってしまった、それに自分にも裏切る様な相手も今は居ない。 尤も、 「全部終わったら焼肉でも奢ってやるから」 進んでヤろうとは思わないけれど。 「焼肉ー?別に僕肉至上主義じゃないんだけど」 「そうなのか?若い奴って肉好きだろ?」 「日本の魚が好きだな。新鮮で美味しい」 ノートに対峙する佑の隣のベッドにごろりと我が物顔で寝そべる常葉に一瞥する佑は意外な答えにへぇ、っと思わず笑みを洩らすが、ふと思い出した様に口を開いた。 「つか、お前何しに来た訳?」 「え?」 何言ってんの?と言わんばかりの声音だが、気になるところはそこだ。 「だって、今日は日曜日だぞ。色々と予定もあるんじゃねーの?」 自分達が大学生の頃はそれなりにサークル活動や気の置けない友人達と何事が無くても集まっていた気がする。 「あー、バイトが急に中止になっちゃってさぁ」 「バイト?」 ノートに向けていた手を止め、振り向けば佑の顔が面白いのか、ふふっと笑う常葉と眼が合った。 「そう、バイト」 「お前何のバイトしてんの?」 言い方が悪いが、この男が仕事をしている姿が想像が付かない。 飲食店の店員然り、肉体労働然り。 (あ、ホストとかなら合いそうだけど) しかし、今は日曜日の真昼間。 ホストの線はなさそう、 「人材派遣みたいなところ。今日はレンタル彼氏の仕事だったんだけどさ」 想像の斜め上をかっ飛んでいた。 「え…、レンタル、彼氏?レンタル?彼氏?」 二度聞してしまう程に。 「そう。まぁレンタル彼氏以外にも結構色んな事するんだけどさ」 「…例えば?」 性格上未知の事には興味がある。 しかも、若干面白そうな話の内容。 気付けば、開きっぱなしのノートの上にペンを置き、ずいっと寝転ぶ常葉に近付く佑は正座だ。 「そうだなー…前はウエディング関係のパンフレットのモデルだったり、コスプレモデルだったり、地下アイドルの人数合わせだったりー」 「へ、へぇ」 「イベントの客寄せとか、あ、映画のエキストラもあったけど、主役よりも目立つとかで降ろされちゃったけどさぁ」 「あー…」 それは何となく納得だ。 顔やスタイルだけでは無い。プラスアルファで人を惹きつけるフェロモンがあると言うか、カリスマ性があると言うか。 こんなに人の家のベッドで勝手に寝転ぶ男であってもだ。 「んで、今日はレンタル彼氏だったんだけど、途中で客の本物の彼氏って言うのと鉢合わせしちゃって」 「え」 「そっから修羅場でさー。僕もどうしていいか知らんし、面倒だったから担当に電話して帰らせて貰ったって訳」 修羅場事を思い出したのか、うんざりと言った風に険しい顔付きの常葉から洩れる溜め息は重い。 「…その客って本物の彼氏がいるのにお前を依頼したのか」 「そうみたいだねぇ。年下の可愛い男の子をはべらせたかったんじゃない?」 「…ふーん」 その女性客の気持ちは分からないが、確かに手元にあったら目立つこの男は憧れるかもしれない。 優越感にも浸れるであろう。 「でも、あの人次からは誰も頼めないと思うよ。ブラックリスト乗っちゃったと思うし」 「そんなんがあるのか」 「うん。佐野っちが言ってた」 「佐野、っち?」 「僕の担当みたいな人」 ーーーーへぇ… 世の中色んな仕事があるもんだ。 話には聞いたことがあっても、身近でこんな話が聞けるとは。 絵本の役に立つとは思えないが、何らかの話のネタくらいには使えそうだと独りごちる佑は、ゆったりと笑うも、 「…で、それでなんで俺んとこに来るって頭になるんだよ」 はて?と首を傾げれば、また常葉の三日月に眼が細くなる。 普段涼しげな目元がきゅっと眦を下げる、その笑み。 「何か目の前で修羅場始まったり、彼氏の方からイチャモン付けられたり、客からはマジで恋人になってーとか迫られるしで、イライラしたからさ」 「……………ほう」 もしかして、だが。 「セックスで解消しようかな、って思ったら佑さんの家近いなーって思って」 ご自慢の顔にブラックホールが出来る程拳をめり込ませてやろうかと思ったけれど、思いっきり顔をベッドに押し付けるだけの佑はつくづく甘い男だと自分自身に溜め息を吐くのだ。 『苦しいっ、くる、し、たす、くさ、んっ』 そんな声をBGMにしながら。
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