1mも無い

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謝罪されたからと言う訳ではない。 持田の行動に理解が出来たからと言うのが大きいだろう。 「もう、気にしなくていいよ」 それに小さな肩を震わせる持田にこれ以上を求めるのも酷な話。わざわざ出向いて面と面で向い、自分の非を詫びるのにも勇気が要るであろうから。 「ありがとう…」 案の定持田もほっとした様に息を吐くと、もう一口コーヒーを含んだ。 「由衣もね…本当は謝りたいのかもしれないけど…あの子こそ意固地になっちゃって…」 「あー…そっちは本当にもうどうでもいいかな…」 出来る限り関わり合いたく無い。 好きだったからこそ、不用意に接触等せずにもうこのまま関係の無いまま過ごせた方が互いの為にもなるだろう。 苦笑いを見せる佑だが、その表情はどこかスッキリとしても見える。 それに釣られる様に持田も微笑み、ふふっと顔を見合わせた、 が。 ――カラン 店内に響く扉の開閉音。 客かと顔をあげ、『いらっしゃいませっ』と声を掛けようとした佑だが、その言葉は出る間も無く、ぎょっと眼を瞠った。 ずんずんと近づく人影は見覚えのある人物。 そして、バンっと叩かれたカウンターテーブルにびくっと身体を揺らした持田が恐る恐る見上げれば、 「何してんの、あんた」 銀色の髪が揺れ、感情の見えない目付きの常葉がそこに居た。 それはビー玉の様な無機質な色味。 「え…え、っと」 抑揚の無い声は明らかに持田に掛けられたもので、え?え?と二人を交互に見遣る佑も驚きを隠せずに、その様子を見遣るが常葉の眼は益々鋭いものへと。 「あんた、佑さんの事ボロクソ言ってた人だよねぇ。何?また何か言いに来た訳ぇ?」 「っ、」 「へ?や、違う、常葉、待てっ」 萎縮する持田の姿に、流石に待ったを掛けた佑にもぎろりと常葉の眼光がぶち当たる。 「違うって何?」 「いや、謝りに来てくれたんだよっ、この間は失礼な事してごめんって」 カウンター越しに常葉の腕を掴み、ちらりと持田を見遣れば真っ青な顔の侭、こくこくと頷くもその眼はしっかりと威嚇している張本人へ。 圧を放つ真顔の美人は般若の如く。 眼を逸らすにも逸せないのかもしれない。 「持田。わざわざ有難う。今日は帰った方がいいよ」 「え、あ…うん」 切っ掛けを与え、身支度を整えると持田は立ち上がり、佑へ向かって軽く頭を下げた。 「ま、またね、松永くん…」 「うん、また」 ひらりとスカートを翻し、逃げる様に店を出て行った後ろ姿を見送り、はーっと出てくる佑の重い溜め息とむすりと頬を膨らませるのは常葉。 「お前なぁ…」 「何?」 未だ不機嫌オーラが見て分かる程のそれに、テーブルの上のカップを片す佑はまた溜め息を吐いた。 「てか、何?お前こそコーヒーでも飲みに来たのか?」 「んー、まぁね」 荷物を下ろし、持田の座っていた席の隣に座る常葉は、表情は落ち着きは戻ったものの、今度は違う意味でいつもの飄々とした雰囲気は無い。 「………お前さ」 「何?」 メニューを開きながら、本日からの紅茶フェアに眼を留めたらしい常葉が此方を身もせずに返事だけを寄越す。 「ーーー外から、見えたから入ってきたのか?」 俺と、持田の姿がーーーー。 一瞬だけ、動きが停止した様に見えたが、ふっと顔を上げた常葉の目元が若干赤い気が、する。 「…悪い?」 「…お、」 店内にはオーナーのお気に入りジャズの曲が流れ、発された声は低い。 それでも、不思議と耳にするりと入って来た声に佑の眼がきゅっと見開かれた。 「…マジか。つか…お前記憶力いいのな」 「記憶力も、良いんだよ」 図々しいと笑い飛ばす事も出来ないネタは辞めて頂きたいところだが、そんな事を思っている場合では無い。 「僕、本当ああ言う女嫌いなんだよねぇ。ヒステリックって言うか、人の話聞かないって言うかさ」 「それにしたって…」 髪が乱れるのも気にせずに銀色の髪を掻き、唇を尖らせる常葉の姿は何度か眼にしているが、拗ねた時の癖のようなものなのだろう。 「女の子はやっぱ可愛いのがいいじゃん。煩いだけの女の声とかマジ無いわー」 「……」 「それに佑さんには…飯とか泊まらせて貰ったりもしたし、加勢出来るかなーって」 「……へぇー」 何と言うか、そう言うのをひっくるめても、 (…可愛いじゃん) ほうほうと頷く佑の中で新たに生まれた素直な感情。 年下らしく、あざとさや我儘に振り回されていた感が強かっただけの常葉だが、それが今日はどうだろうか。 わざわざ店の外から見えた佑と前に一度揉めていた持田を見つけ、また難癖付けられていると思い、こうして入店してくるとは。 気まぐれに餌だけを貰いに来ていただけの、懐かなかった野良猫がいきなり足元に擦り寄って来た気分では無いか。 一人っ子故に弟が居たらこんな感じだろうかとも思える。 「…何ニヤニヤしてんの、佑さん」 「え、い、いや、別にっ」 ぎゅうっと眉間に皺を寄せる姿も男前だが、それ以上に今日は可愛く見えるから不思議だ。 上を向く口角を押さえるも、中々上手くいかない。 「やっぱ笑ってるじゃん」 「いや、だって普通に有難いって思ったからさ、」 「えー馬鹿にしてない?」 「してねーよ」 ただ、可愛く見えるだけだと言ったら余計に拗らせるだろうか。
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