1mも無い

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仕方が無い。 「じゃ、紅茶淹れてやるよ。俺の奢り」 「え?」 カップを取り出し、紅茶の茶葉が入ったキャニスターを取り出した佑は、にこりと微笑む。 「礼だよ、礼。勘違いとは言え、嬉しかったし」 純粋にその気持ちを形にと、早速今日教えて貰ったばかりのオレンジペコーと感謝の言葉を常葉へと。 「はい、ありがとうよ」 「まー…いいよぉ、何か拍子抜けしたわ」 肩を竦め、はぁっとワザとらしい溜め息を吐きながらも、出された紅茶に口を付けた。 紅茶を飲む美形の姿は、オシャレ雑誌のグラビアの様だと感心してしまう。 こんなに綺麗な男が、自分の為に動いてくれるとは。 (妙な出会いだったけど…) 友人とも違う、不思議な関係性だけれど、それもまたむず痒い様な、照れ臭い様な――――。 悪くはない、不快じゃない。 そんな事を思いながら、ふふっと笑う佑は、厨房の方から痴情の縺れ?修羅場?三角関係?等と、ひやひやしながら此方を覗き見ていたオーナーの事等つゆ知らず、ついでにケーキでも用意してやるかと腕まくりするのだ。 余談ではあるのだが。 「…美味しい、これ」 「そうだろ?俺も今日飲ませて貰ってさ」 オレンジペコーって言うんだ、と何処か得意気な声音とついでに 「オレンジの味しないんだけどな」 と、付け加えれば、 「何それ、当たり前じゃん」 「え?」 常識なの、もしかして? さも当然とばかりの返答が、ぐさりと佑の心臓を貫いていってくれた―――。 ***** 村山優斗(むらやまゆうと)が青柳常葉と出会ったのは、大学に入ってからだ。 教室に入った瞬間、クール系美女発見っ!!と、隣に座ったのが縁とでも言うべきか。 銀色の長めの髪から覗く顔は、よくよく見ればしっかりと男で、その上立ち上がれば見上げる程にデカい。 何故にこんな男を女と間違えてしまったのかと言われれば、それは彼の顔面と髪型に惑わされたからであろう。 さらりとした銀色の髪はハーフアップ、そして見た事も無い程に睫毛バサバサ、すっきりとした整った顔立ち、すらりとした身体は大きめのカーディガンで隠されていたのだから。 それを遠目で見て、勘違いしてしまったと言う、オチも含めて全く面白くも無い、誰にも言えない話だったりする。 そんな常葉は話してみれば、帰国子女のハーフだからなのか、かなりフレンドリーな男。 軽い口調にノリの良い性格。 細かい事にもこだわらず、きっちりとした型にハマらない奔放的と言うやつだろうか。 しかし、それ故にサボり癖から始まり、講師の話も居眠り状態で聞いていなかったりと中々の問題行動が目立つのだが、一度出された課題は最速提出、しかも完璧な完成度と言う恐ろしいまでの才能の持ち主でもあった。 勿論評価はトップクラス、すぐに学校の入口付近に作品が飾られた時は顔面が引き攣ったのを覚えている。 これはもう課金されまくって、レベル99のプレミア装備で全身を包み込んだRPGキャラ。 僻みも妬みすらも無駄だ。 女の子だって、当たり前にモテるし、何なら野郎からだって羨望の眼差しを送られ、この先もこの男は悩み知らず、順風満帆な人生なのだろうな、と思っていた。 マリオだったらスター状態。それがずっと続くなんて、どんなチートだ。 そう、思っていた村山なのだが、 「ねぇ」 「あ?」 「五個上って、やっぱ大人だよなぁ」 「……あ?」 本日の学食日替わり定食。 学生皆大好きハンバーグカレーにカツ乗せと言う豪華な昼食を食べようとした瞬間、そんな事を言い出した常葉に村山は、あーんと口を開けた状態で固まった。 「え…?何、五個上?」 一旦スプーンを置き、まじまじと目の前のキラキラの具現化を見遣れば、んー…っと気の無い返事。 「いや、やっぱさぁ、五個上ってあんまり意識した事なかったけど、大人だよなぁ、って思って」 「まぁ、そうだよな。大人、なんだろうな」 一体何だ。 どう言う意図でそんな質問を投げかけてきたのか、些か疑問ではあるが、村山にとっては冷めていくカレーの方が大事。 ようやっと一口含み、もっもっと咀嚼すると口の中に広がるカレーのスパイシーな旨味が一斉に広がり、至福も味わえる。 ちなみにこの無双マリオは売店のメロンパンと自動販売機で紅茶を購入しているものの、手を付ける気配が無い。 (何、どうしたの?) 取って売るほど出てくるハテナマーク。 カレーを頬張りながら、村山は首を傾げた。 「つか、何よ。お前五歳上くらい付き合ってた事あるだろ?今更どうした」 「まぁ、そうなんだけどさ」 「珍しく煮え切らないなぁ」 いつもはさっぱり、きっぱりとした物言いだと言うのに、今日は何処か言い淀むと言うか、歯切れが悪いと言うか。 紅茶のペットボトルを転がす常葉の指は細く長い。爪までも健康的なピンク色はまるで桜貝の色味。 指フェチや手フェチにはたまらない素材だろう。 そんなどうでもいい事を思いながらハンバーグにスプーンを差し入れた村山に常葉の話は続く。 「なーんか…今迄そんな事思った事無かったからさ」 「すごく大人っぽい女って事か。いいな、お前…俺も彼女欲しいわぁ」 「あ、男ね」 ーーーーーぶっ…!!!!!
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