1mも無い

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口に入れたばかりのハンバーグがただの肉片となって、噴き出される。 ハンバぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーグ!!!!!!!!! 脳内に、何処かで聞いたことのあるフレーズが流れ、カウボーイ姿の男が通り過ぎるまでに0.08秒。 ごほごほと勢い良く咽返す村山を周りの学生達もぎょっとした様に眺めるも、常葉と言えば、その様子に眉を潜めた。 「何してんの、きたなー」 「いや、っ、誰のせいだ、よっ」 咳込みながら、テーブルに備え付けてあるダスターで自身の前を拭きあげる村山は涙目だ。 うぅ…俺のハンバーグが… ぐすぐすと恨みがましく、呪詛の様に呟くも何とか落ち着きを取り戻すと、改めて常葉を凝視した。 まだカレーはある。 メインのハンバーグだって半分残っているし、カツだってあるのだ。 「…え、つか、年上の男って、あ、前に言ってた人かよ、一度だけやったって言う…」 慎重にカレーを運びながら、頭の中にある記憶を辿る。 「そうそう」 転がしていた紅茶のペットボトルを立ち上げると、ふふっと微笑むがその姿に違和感を覚えた村山がこてっと首を傾げた。 何を感じたのか、とは明確に説明し辛いものの、 (…嬉しそう?) いつもの笑みでいつもの笑う声だが、嬉しそうに感じるのは気のせいか。 「………付き合ってんの?」 「まさかー」 「……だよな」 レスポンスの速さと雰囲気からそれが嘘ではないのは分かる。 しかし、だったら何故常葉からまた年上の男の話題が出るのだろうか。今まで特定の女の子ですら、こちらから話を振らないと語る事のない男だったのに。 それとも、 「何その人って憧れる様ないい男なの?」 「え?いや、それは無いな」 違うんかーい。 ツッコミは心の中だけで抑え、ハンバーグを完食。 肉汁の旨味に名残惜しさを噛み締めつつ、多めの福神漬けも平らげていく。 「じゃ、その話の大本は何な訳?」 「いや、何か普通に女には酷いフラれ方されるわ、その女が原因で集団で追い詰められるわで散々な人だなーって思ってたんだけど」 ふんふん。 大口で残りのカレーを平らげ、残すはカツのみ。村山のテンションも戻りつつある。 「で、一度俺達やっちゃったし、気持ち良かったから、またお慰めセックスしたんだけどー」 「………………oh」 アメリカンなリアクションになってしまうのもご愛嬌だ。 しかしながら、男と興味本位でセックス出来る男。今更そんなに驚く事でも無い。 「でさ、この間もバイト無くなって苛立ち任せにセックスしようと家に突撃したんだけどー」 「すげーな、お前…」 「セックスさせてくんないし、ちゅーだけで」 「…うん」 「しかも仕事?に夢中でこっちは全然相手にしてくんないの」 「へぇ…」 短い相槌を打ちつつ、メインのカツを齧っていく村山の意識がそちらに傾く。 厚めの肉にずっしりとしたカレーを吸い込んだ重い衣が最高に美味い。 「でもさ、何か居心地いいんだよね」 「あー男だし、気を遣う所ないからだろうな」 「それもあるだろうけど、暖かいお湯に浸ってるみたいな。飯も僕の分も一緒に作ってくれるし、風呂勝手に入っても怒らない癖に頭拭け馬鹿とか言ってきて」 「…………へえ」 ―――――ん? カツに向かっていた意識が少しずつ目の前の男の顔に移動していくのが分かる。 ほんのりと淡い紅色の頬。 何処を見ているのか、いや、何を思っているのか、と言った方が正しい様な、甘さを含んだ眼。 普段も綺麗だなと素で思う男だが、こんな表情は見た事無い。 「一々僕の遣る事気にしないのは大人だからかなーって」 「…あー…、そう、なのか、な?」 嫌な予感がする。 残り三つのカツを一気にスプーンに乗せ、早めに食す為搔っ込もうとした村山だが、 「でさ、」 「ん、」 「この間、その人がバイトしてるところに居た女に威嚇しちゃってさー…」 「は?」 ―――――ボトリ、 動きを止めた村山の口に入ろうとしたスプーンから、落ちたカツが二切れ。 テーブルに落下後、カレーの染みを残し、それは弾けると床へと着地。 だが、村山はそれどころではない。 『女の子みんな大好きー。可愛いし、ふわふわしてるしー。年上でも全然可愛いー』 なんて、言っていた常葉が。 『ストライクゾーン?何それ、僕の打率十割だけど』 なんて伝説の打者みたいな事を言っていた男が。 「その女前に佑さんに酷い事言ってた奴でさー。ついカッとなっちゃったって言うかー」 「だ、から、って、」 全く想像が付かない。 と言うよりも誰かにキレ散らかす常葉が想像付かない。 正直誰かに対して、どんな感情であれ、そんな風にぶつけているのを見た事が無い。 もしかして、本当はそう言った感情があるのを抑えていただけかもしれないが、でも実際やっかみや僻みで絡まれた時ですら、相手にもせずに次の日には普通に会話し、飲みに行くなんて出来る能力を持つ男なのに。 (えー…えーーー…) 意外だ。 一度見てみたい程に意外だ。 「まぁ、結局は僕の誤解だったんだけど、その時も佑さん普通に笑ってお礼言ってくれて」 つか、佑さんて誰? その年上男? 情報量が多すぎて追い付かない。 「あの人見てると、本当変な感じ。もう関わらないでおこうかなー」
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