1mも無い

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そうは言うけれど… 「変な、感じって何?」 「えー…何て言うか、あ、キスとか。女の子の可愛いキスが物足りなくなっちゃうし」 「………」 引き攣りそうになる、村山の頬。 彼は思う。 自身でも体験した数少ない感情ではあるが、そう言うのは、多分きっと名前があるのだ。 いや、でも、まさか。 でも、そのまさかって、 「あのさ、」 今度はメロンパンをテーブルの上で回す常葉と視線は合わないが、そんな事よりも気になる事。 「何?」 「…お前、今迄も女の家で飯食ったんだよな…」 「え、そりゃ、まぁ」 「風呂も入ってんだろ…?」 「入ってた」 「…その女絡みで、声荒げたりとか、あったわけ?」 「ある訳無いじゃん」 「じゃあ、さ、」 スプーンを空になった皿に置き、村山は少し困った風に眉を寄せ、引き攣る口元を上げた。 「何で、その佑さんとやらには、そんな気持ちになってんの…?」 その変な気分も含めてーーーーー。 「…………え?」 さっきまでの軽快なレスポンスは何処に行ったのか、珍しく長く間を開け、ゆっくりと顔を上げた常葉の眼が見開く。 此処でズバリと疑問を言葉に。 「え、っと、思うんだけど、お前その人の事好き、なんじゃね?」 「そんな訳無いじゃん」 ーーーあ、 (あれ?) 今度は素早い答えに村山の方が眼を見開くも、目の前の常葉の怪訝そうな表情にしどろもどろに俯いた。 (う、わ…俺、はずー…) そうだよな。 考えてみれば、この男が同性に、しかも年上の男なんかに『恋』なんて名の感情を持つ筈が無い。 だって、より取り見取り。 前にあるカラフルで可愛らしいケーキ達をどれでも選べる権利を持っている様な人間なのだから。 それをちょっといつもと違うからと言って、決めつけのような事を言ってしまった。 「そう、そうだよな、ごめん、ごめん、変な事言ってっ」 ガバッと顔を上げ、えへへっと誤魔化す様に笑って見せれば、ふふっと常葉も眼を細める。 いつ見ても見惚れてしまう、その笑み。 そして、 「本当だよ、だって好きって、それって、」 ーーーーそれは、 三日月を模っていた眼がすぅっと睫毛と共に持ち上がった。 何かを思い出した様な、それとは反対に何か気付いた様な。 「……やぎ?どうした?つか、お前飯食わねーと昼の講義が、」 自分も急がねば。 次は作品にも時間にも煩い講師。出来るだけ眼はつけられたくはない。 水を飲もうとグラスを口元に近づけた村山が急かす風に常葉に声を掛けるが、動かないその身体。 (何だ?) 紅茶色の眼は何も映さない。 最高傑作の人形の如く、ぴたりと止まった常葉に今度は村山が訝しむ番だ。 ごくごくと水を飲み、もう一度声を掛けようとした瞬間、 「え、…え、え、好き、なの、僕、え…」 かぁぁぁぁぁぁっと常葉の白磁機の様なキメの細かい肌が染まって行く。 首から頬、額、そして、それは耳までも。 「ーーーーーーえ?」 その様子に、うっかり口を開けば当たり前の様に流れ出る水。 周りから、 『ちょ、やだ、きたなーい』 『え、何してんの、あいつ…』 『カレーの次は水かよ』 なんて声が聞こえているが、今はそれどころではない。 だらだらと水を口から流す男と顔を真っ赤に染めた銀髪の美形。 「嘘、だろ、お前…」 「嘘だろ…佑さんを、好き、って」 この日、常葉が得たモノは定かでは無いが、明らかに気付いた事がある。 そして、それをどうしたらいいのか、なんて今の彼には思い付きもしない。 そして、村山と言えば、若干学内で人権が無くなった程度。 学食に入る度、マーライオンが来たと言われたりするのだった。 ***** バイトを終え、背伸びしながら家路に着く佑はついでにスーパーへと寄り、食材を購入。 一人暮らし故にそこまで買い込む事は無いのだが、ハーフカットのキャベツと丸っとひと玉のキャベツ。 それらを見下ろし、結果ひと玉のキャベツを手に取るとカゴへと入れ、隣の玉ねぎもネット入りの物を購入。 肉も欲しいが、購入予定の無かったシャケの切り身も眼につき、それもカゴに放った。 少し予算オーバーになってしまうが、それも仕方が無い。 (あいつがいつ来るか分からんからな…) 脳内に浮かぶのは、生意気そうな眼で笑う常葉の姿。 先日泊まった際には、朝食に焼いた鯖をえらく気に入ったのか、旨そうに食し、白米を三杯もおかわりする様子に、思わず可愛い、なんて思ってしまったのだから。 あの見た目の上にハーフの帰国子女はパンにスクランブルエッグ、シーザーサラダなんて言われたらどうしようかと偏見混じりに思っていた佑だが、焼き魚ひとつでご機嫌になる常葉のギャップと言うものだろう。 「味噌も買っとくか…」 ついでに味噌汁は食べる味噌汁派らしい。 具沢山だぁ、と喜んでいた姿もまだ記憶に新しいところ。 ふふっとこっそり微笑み、会計を済ませるとそのままアパートへ。 だが、その帰路の途中、ふっと気付いたのは一軒の店。 いつもは何気なく見て通るだけだったそこは、どうやら雑貨を扱っていた店らしいが、閉店セールと銘打ったポスターに佑の眼がきゅっと見開かれた。 無意識に惹かれたのか、そちらに足を進めて店先にあるワゴンを覗き見る。
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