毒を以て毒を制す

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早い鼓動音が体内に響く。 (あー…マジヤバいかも) 本当に帰った方がいいかもしれない。 安達も当てにならない今、タクシー運転手に迷惑を掛けてしまう事になってしまう。 財布を取り出し、安達が戻るのを待つ佑はぐらぐらとする頭を何とか堪えていると、また隣からの声。 「帰るの?」 「え、あ、うん」 咄嗟に首を縦に振る佑の赤い顔を見詰める男は、うーんと首を捻るも、すぐにふふっと眼を細めると自分も財布を取り出した。 「僕も帰ろうーっと」 「…お前も帰るのか?」 「うん。そろそろ飽きてたんだよねぇ」 くそつまんねーし。 にこりと笑いながら、背後を一瞥する男は適当に万札を一枚置くと祐の腕を引いた。 「一緒に出よ、タクシー拾ってあげるよ」 人好きする笑顔。 屈託ない自分よりも幼いそれに、警戒心も薄くなったのか、取り合えずと佑も一万円をテーブルに置くとふらりとそのまま二人外へと出た。 安達には後でメッセージでも送っておこう。 スマホで確認した時間は既に午前0時を回っている。 路地裏にある店の為大通りに出ないとタクシーが拾えないのもあり、ふらりと歩き出す佑は時間も時間だからか、ふわ…っと欠伸をひとつ。 明日は昼まで寝てしまうかもしれない。 アルコールが全身に回っている故の気だるさなのか、それとも心身的疲労から来たしんどさなのか。 「ね、ね、お兄さん」 「…何?」 無意識に溢れる溜め息。 だが、隣に並ぶ男を見れば、ぎょっとする程身長が高い事にようやく気付いた佑の眼がぐりっと丸くなった。 「…デカいな」 「え?あぁ、まぁ百八十は超えてるし」 少しだけ視線を下げればあり得ない位置にある男の腰。 座った状態で座高が同じくらいに感じていたのだから、どれだけ脚が長いか分かると言うものだ。 その上髪も思った以上に長く一つに括られたそれが背中から見え隠れしている。 「あと名前は常葉ね。お兄さんは?」 「えーっと…百七十六、だったかな…」 「違うって名前。僕の名前は常葉、じゃ、お兄さんは?」 「ときわ、そっか、えっと俺は佑…松永佑」 「佑さんね、おっけー」 一体何がオッケーなんだ。 二人並びながらの自己紹介。何が楽しくて野郎同士でこんな事をしているんだと思うものの、 (やっぱキレーな面してるわ…) 銀髪がこんなに違和感なく似合う日本人など珍しいのではないだろうか。 もしかして何処か違う血が入っているのでは? (いや…どっちでもいいか…) 聞いてみようかと思ったが今更話題を広げた所で仕方の無い事。 どうせそこでタクシーを拾ってさよならの相手。 見えてきた大通りに思わずほっと安堵の息を吐き、佑は隣を見上げた。 「じゃ…えっと、常葉だっけ。またな」 また、がある訳は無いけれど、一応此処は社交辞令の混ざった挨拶は必要だ。 しかし、途端にがしりと掴まれたのは自分の腕。 ーーーーーは? 「ねぇ、佑さん。今日色々あったんだよねぇ。家に帰ったら一人だし思い出したりするんじゃね?」 銀髪から覗く細めた眼と弧を描く唇。 見惚れる程の美貌は酔いの回った佑の頭にインパクトだけを残す。 「あー…、する、かも」 だからなのか、余計な思考等が一切無い、するりとした本音の答えが出てしまう。 安達の所に行ったのも、泊まれないだろうかと思ったのも、本当は一人で居るのが嫌だったからなのかもしれない。 何とも情けないが、それほどにショックがデカかったのだ。 特に、彼女、由依の事がーーー。 あ、 (泣きそう、) 「ね、」 腕を掴んでいた常葉の手がするりと佑の手に降りる。 人の体温。 「衝撃は別の衝撃で打ち消さない?」 笑顔のままの、常葉の言葉。 それは、まるで魔法の様に、違和感も無い程、ぐすっと鼻を啜った佑の中へとするりと入ってきたーーー。 ***** 無言は肯定と受け取ったのか、佑に手を引かれやって来た先はホテルだ。 手慣れた風に手続きを済ませ、部屋に入った佑はくるりと周りを見渡した。 久しぶりにホテルを利用した気がする。 一番最初に眼に入ったベッドは二人並んでも十分なサイズ。 今すぐにでも飛び込んでアルコールで火照った身体を埋めたいと思う衝動に駆られるも、 「さて、しようか」 なんて場違いな声にはっと眼を見開いた。 「……あの、さ」 「うん?」 上着を脱ぎ、ハンガーに掛ける常葉がこてっと首を傾げる。 デカいにもかかわらず、可愛らしい動きは女子のハートは鷲掴み、掴み放題、取り放題。 しかし、そんな事を考えている場合では無い。 「お前…ゲイ?」 「全然」 ーーーーー不安しか無い。 「えーっと…だ、ったら、その、」 「あ、大丈夫。遣り方分かるよ。それに僕センスあると思うんだよねぇ」 ーーーーーーセンスとは? 確かにその言葉に説得力は持たせるには十分な見目麗しい風貌だが、だからと言ってこのまま『お願いしゃぁぁぁすっ』と寝転んでいいものなのだろうか。 (いかん…考えが纏まらん…) 「…シャワー…あ、うん、シャワー浴びてくる…」 そうだ、一度この頭を冷やそう。 冷静になれば、もしかしたらこの状況をもっと客観視して見れるかもしれない。 お互い初めての男同士。 ノリと弾みでバンジーしたら紐が切れたなんて事、出来たら避けたい。 しかし、 「いいよ、このまま行こう」 「まじか」 想像以上にハードルの高さの意識が違う。
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