1mも無い

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二十六歳も決して若くないなんて事は無いのだろうが、当ての無い夢を追い続けていた所為か、酷く長い年月を歩んでしまった気がする。 しかも手応えが無いのだから、尚更そう感じるのかもしれない。 楽しい時は時間が過ぎるのが早く、苦痛ならば時間が過ぎるのが遅く感じる、それに似ているのかもしれない。 由衣が望んだ様に普通に就職し、生活していたならば違っていたのだろうかと思いはするが、今更だ。 「そう言えば、佑」 「あ?」 気を利かせて、二杯目のビールを置く安達のぴっちりとした胸筋が眼に入る。 鶏のムネ身何枚分だろう。 「由衣ちゃんから連絡あっても無視しちゃいなさいよ」 「は?」 いきなりの言葉に佑の脳の処理が追い付かず、ポカンと口を開ければ、隣に居る津野の方がぎゅうっと眉と口元を歪めた。 「何?どう言う事?」 そう、つまり聞きたいのはそう言う事。 こくこくと頷き、安達を見る佑はどくんと波打った胸を押さえる。勿論ときめき等からのものではなく、不穏からなるモノ。 「あの子、二股掛けてたのが周りの友達とかにもバレたらしくてねー。何があったかは知らないけど」 「へ、へぇ…」 身に覚えがあり過ぎるイベントだが、言える筈も無い。 「それで、あんたを悪者に仕立て上げた所為か、えらく周りから距離置かれちゃったみたいでぇ」 「そりゃ置かれるでしょー、放置でしょー、プレイに非ずでしょー」 あまりアルコールに強く無い岡島が赤い顔でヘラヘラとそんな事を言っているも、矢張り笑えない。 「まぁ、それでああ言う思考回路の持ち主って、普通の人が想像もしないような事するでしょ」 「お前みたいにな」 「お黙り、津野」 立派な指で弾かれたおつまみピーナッツが津野の額にヒットし、痛みに悶える声が隣から聞こえる。 軌道が見えなかったのが恐ろしい。 「それで、あんたんとこに逃げようもんなら、お人好しだからほいほいと引き入れちゃうんじゃないかと思って」 「いくら何でも、流石にそれは…興味も無いし…」 安達の心配は有難いが、もう関わり合いたくないと思っているのは本音。 きっと家に来た所で、居留守を使うか、無視を決め込むだろう。 「あら、そうなの?あんた由衣ちゃんにベタ惚れだったから」 安達も意外だと言わんばかりに眼を見開き、津野と岡島もおぉっと身を乗り出す仕草を見せた。 「本当にきっぱりと彼女への関心無くしたのね」 「大丈夫そうだな、いいじゃん、松永っ」 「松永の事だから、由衣ちゃんがちょっと涙からの肌見せしたら絆されると思ったよー」 一体友人達にどう思われているのか、不安しかないけれど、少し前までの自分だったら確かにそうかもとビールをちびりと舐めとる。 「いや…考えてみたら二股相手を本命に置き換えたかもだし、俺の出る幕なんて無いだろうしな」 「そう言われたら、そうかもね」 「あー…確かに」 「むしろ、松永の方が既に本命枠から外されてたかもだしな」 再び安達の指先から飛び出した何かに襲撃された津野から悲鳴にも似た声が聞こえたが、オネェを辞めても次は必殺仕事人の転職先があるな奴はいいなと羨ましげに眺め、一気にビールを飲み干した佑はふひっと笑うのだ。 ***** それから更にまた一週間。 未だ使われることの無いマグカップはどこか寂しそうに見える。 「中々使ってもらえねーな…」 そんなぽつりと無意識に洩れた独り言は思いの外部屋に響き、逆輸入され佑の元へ。 「………」 (何言ってんだ、俺) 別に集中的に常葉が来ていただけで、常に来るだとか、また来たいだとか言われていた訳では無い。 しかも、その目的は、 『やろうー』 と、言う至極シンプルなもの。 彼女でも出来たんだろうな、と想像が付くのは当たり前。 (…まぁ、仕方ないわな) 夜は冷凍しっぱなしのシャケを焼いて食べよう。 自然解凍すべく、冷凍庫から取り出すと皿に乗せ、シンクに置いた佑は今日もバイトへと向かった。 日曜日は、不思議な日に思える。 普段来ない様な客を見る機会が多い。 いつも一人で来る主婦が居ない代わりに文庫本を読みながらコーヒーを飲む女性が居る。 昼時にやってくるランチ目当てのサラリーマンは居ないが、恋人の女性に連れられてやって来たのであろう男性が慣れない様子で何回もメニューを見ている。 女の子達だけで楽しそうにケーキセットを食べている席はたまに保育園に子供を迎えに行く途中のママさん集団が座る席だ。 客が入れ替わり立ち替わり入店する為、空く時間も少ない。 忙しなくフロアを行き来し、迎えた定時も少し超え、オーナーから申し訳ないと頭を下げられるが、これが当たり前なのだから気にしないで欲しいとすら思う。 「お疲れ様でした」 「はい、気をつけてね」 店を出た時には既に街の明かりでキラキラと輝き、普段帰る夕方よりも明るい。 (遅くなったな…) しかも、寒い。 純粋に空気が冷たい。ひんやりと顔を刺激する冷気にぎぃーっと歯を食い縛り、矢張り今度の休みはマフラーを購入しようと強く決意する佑は、手をコートの中に突っ込む。 早く帰って風呂に入りたい。立ちっぱなしだった痛む脚を休ませたいのもあるけれど、兎に角暖まりたいのが先決。
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