1mも無い

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数か月前ならば、そのまま冷たいままのカップに直接注いでいただろうが、これも喫茶店でのバイトですっかり付いてしまった癖のひとつだ。 「ほら」 「ありがとー」 佑もやれやれと腰を下ろし、二人分のカップをテーブルに置くと、それを一口。 続いて常葉も前に置かれたカップに手を伸ばそうとするが、はっと気付いた取ってのあるカップ。 しかも猫の尻尾を模ったそれに眼を丸くした。 「これ、どうしたの?」 「あ、可愛いだろ」 気付いたか、と佑が笑えば、少しだけ伏せた常葉の睫毛が小さく震える。 「可愛い…」 ぼそりと発された声は大きくはないが、しっかりと佑の元に届き、それだけで何だかくすぐったい嬉しさが起き上がると言うもの。 「良かった、」 「これ、僕の、為って事でいいの?」 「まぁな、使っていいよ」 ふーんと適当に呟く声だが、ぐるりとカップを見回す常葉が可愛らしい。 それなのに、こんな年上の同性をまた助けてくれた。 ―――あんな風に。 「あのさ、ありがと」 「うん?」 「いや、まさか由衣が来るとは、さ…助かった…」 「あー…」 想定外な事が多すぎて、パンクしそうだった佑を結果的に助けてくれたのは何だかんだ常葉だ。 そんじょそこらではお目に掛かれない美人からの凄みは強かったのか、後ずさりしながら顔を真っ青にした彼女には正直同情もしてしまったが、それでも感謝のが勝るのは事実。 素直に礼を言えば、少しむくれた常葉と眼が合う。 「…何?」 「あのさぁ、佑さんが優しいのは知ってんだよ、僕」 「……はぁ」 「でもさ、今からそれ取っ払ってくんない?」 「うん?」 優しさを取っ払う? 言われた意味が分からずにぱちぱちっと瞬きしてみせる佑を一瞥し、おもむろに真っ直ぐ身体を向ける常葉は悔しいかな座高は変わらない。 「佑さんさぁ」 「は、い」 このかしこまった空気は何だ。 空気に押され、無意識に正座する佑の喉がごくんと上下する。 真正面から向けられた顔面から放たれる圧は決して危惧するようなものではないが、ドキドキと心臓が早鐘の如く打つ感覚に、息も詰まる。 (つか、コイツもこんな時間に何しに来た訳?) 今更にそんな事を思うも、由衣とは違う感覚。 むしろ、ちょっと嬉しいとも思う。たまに来ていた野良猫が、情が移り出した頃にピタリと来なくなり、しばらくしてまた来てくれた、そんな感覚に似ているかもしれない。 でも、今日は彼女とデートをしていたのでは? またキャンセルになったから、手持ち無沙汰にうちに来たとか? (………まぁ、いいけど) 勝手に出てきそうになる溜め息と眼を伏せる佑だったが、 「僕さ、佑さんが、好き、みたい」 …………… ………………… え? 「聞いてる?佑さん」 がばっと顔を上げた先にある、ほんのりと赤い常葉の顔。 「え?何て?」 待て、今何と言った? 聞き間違いならいいけど、幻聴?それだったら高確率でヤバい。 「だから…っ、僕佑さんが、好きみたいって言った」 「好き、」 ―――なるほど。 あぁ、うんうん。 好き、か。 好き――――……… 好き? 「…だからさぁ、僕とお付き合いしない?勿論恋人同士として…」 「は?お前彼女いるだろ?」 「いねーしっ!あ、つか、昼間のはバイトだって、ほら、レンタルのっ」 「あ、そ、そうなのか、」 そりゃ、良かった… (良かったとは?) 何をほっと胸を撫でおろして居るのか。 この胸を押さえている手は何だ。 見て分かる安堵感を何故に出しているのか。 いや、自問自答している場合ではない。 今は目の前の男が放った特大級の爆弾発言の方が問題だ。 安達が大学卒業後、初めての集まりにいきなり派手メイクにハイヒールとピタピタのタイトスカートで目の前に現れた時よりも大きな衝撃が今此処に。 「マジで聞いてる?僕とお付き合いし欲しいなーって言ってるんだけど」 「―――え、えー…」 だが、どう反応しいいのか分からない。 恥を忍んで言ってしまえば、告白なんてされたのは元カノ由衣一人だけ。その時は何とか冷静を装う事が出来たが、今回は違う。 年下の同性、且、不釣り合いもいい所の美形。 こんな明日も見えない夢だけ追っかけてる、しかも平凡な男とのお付き合いなんて強火で重課金した神が許さないのではレベルの男。 同担拒否勢ならば、ペンライトで殴り掛かられそうな恐怖もあるのだが。 「あ、あのさ、」 だったら、ここも努めて冷静に。 何とか脳をフル回転させ、震えそうになる声をぐっと低める佑はちらりと常葉を見遣る。 「そ、の、好きって、」 もしかして、何か彼の中で友情と勘違いが起きているのでは、 「ちゅーして、ぐずぐずにして、ばっちばちにセックスしたい、の、好き」 「……………」 どうやらそう言った意味では正常らしい。 けれど、けれども、だ。 何で俺? え?セックスしたから情が移ったとか?いや、でもそれにしたって… 腕組みし、眉間なんて無くなる程に眉を近づけ、苦悶する事数十秒。 「佑さん」 「え、」 一メートル程離れていた二人の距離をぐっと常葉が縮める。 サラリと流れる銀色の髪を床につけながら、此方の顔を下から見上げるそのアングル。 ―――あ、やばい。 本能で感じる。 感じたのに、 「ダメ?」 う、ううぅうぅぅぅぅ、 かわ、いい…。
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