1mも無い

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ウキウキして、気持ち良くて、楽しい事ばかり。 それが恋だと思っていたのはつい先日までの事。 『いや、恋ってそれが当たり前だろうが』 友人はそう言っていたが、でも違う。 だって、それは全て自分だけが感じていればいいと思っていたから。 相手の事なんて、正直考えた事も無かった事に気づいた時の衝撃と言ったら凄まじいもので、 『やぎくーん、午後から暇?一緒に遊びに行かない?ホテルでも、いいよ♡』 なんて誘ってくれた女の子に対し、 『うるせーよ、ブス。どっか行ってろ』 なんて、思わずやんちゃな言葉遣いが出てしまった程。 常葉にとって、恋とは陽だと思っていた。 明るい光の下で、二人手を繋いでニコニコとお花畑を歩む、そんなイメージ。 けれど、佑の事が好きなのでは、と思った瞬間、今までの気持ちが全て色褪せていくのを感じてしまった。 佑と一緒に居ると楽しい。 楽しいだけでなく、居心地がいい。何も会話せずとも、気を遣う事も無ければ、気まずい事も無い。 そこまでは今までの楽しい女の子とのお付き合いと変わらないのだが、一番違う事と言えば、 (やっぱり、あの人の悲しい顔はやだなー…) 初めて会った時はそんな事思いもしなかったのに。 大人になって失恋して、情けなく酔っ払って号泣して、ダサい男だけど、使えそう。 そのくらいの認識だったのにーーーー。 知らない所で理不尽に怒りをぶつけられたり、どうしようもない事を責められたりしていたら、それだけで此方の方が腹が立つ。 助けてあげたいと思うし、望まれるならハグしてあげる事だって出来る。 もっと言えば、笑わせてあげたい。 『そんなのらしくない』 それはそう。 だって、そんな気持ちになった事が無いのだから、戸惑っているのは常葉の方。 今までみたいに可愛く、あざとく、相手に合わせていればいいのでは無いのだ。 佑のバイト先で、カウンター越しの一メートルも無い距離にどれだけヤキモキした事か。 あの触れそうで触れられない距離は好きでは無い。 もっと自分から、もっと近寄って貰える様に、 (もっと動かねーとな…) 尤も、 「これがどこまで続くかは知らねーけどさ…」 でも、それでもいいのだ。 初めての恋と思われる感情。 折角了承を得て、佑と付き合える様になったのだ。もうちょっと手探りながらも関係を進めて、ついでに佑との距離も縮め、駄目になったらその時。 次に活かせればいい。 そう思う常葉は今日も遅刻せず、学校へと向かったのだが、思いとは反対に眉間に刻まれる、深い皺。 「…おい、やぎ。飯食わねーと昼休み無くなんぞ」 「んー…」 生返事しながら、スマホを凝視するその姿に村山からは洩れる溜め息と怪訝な表情。 「何してんの、お前…」 学食のマーライオンと囁かれようが、ランチは旨い。 今日の日替わりは卵スープに特製のチャーシューが入った炒飯、そして春雨サラダ。 個々が旨いのに、それが三点セット。常葉も珍しく同じモノを注文し、熱々で出来上がったと言うのに、それから五分。一向に箸をつけようとしない常葉を不思議に思うのも仕方が無い。 「何かさ、連絡が少ないなーって」 「連絡?」 言わずもがな、きっとそれは佑の事。 先日、お付き合いを始めましたーと常葉からご丁寧に報告をされ、やはり場所が食堂だったのもあり、しかも、うどんを実食中。 あまりの驚愕に、再び口から飛び出そうになったランチを何とか両手で口を抑え回避したものの、今度は鼻から出すと言う、一芸を披露したのは黒歴史だ。 そんな苦々しい記憶を思い出し、顔を歪める村山の前で常葉は、はーっと重々しい溜め息を吐いた。 「僕はもうちょっと遣り取りがあってもいいと思うんだけどなぁ」 「ふーん…あれか、つまりは佑さんとやらから連絡が少ないって事な訳ね」 クソ程どうでもいいけど。 それよりも卵スープが格別過ぎる。どんな出汁を使っているかまでは思わないが少なくともそこらの中華屋で出されるモノ以上だ。 「やっぱさ、大人なんだし。そこまでスマホ触ってる時間って無いんじゃねーの」 適当に言葉を返し、春雨サラダもひと口。 これまた美味。 しっかりと味の染みたシャキシャキの胡瓜がいいアクセントになっている。 「そうかもだけどさぁ」 「それに、バイトしてんだろ?そんなもんだって」 ふむっと黙る常葉は納得したのか、渋々とスマホをテーブルに置き、ようやっと箸を持つ。 「でも、もっと色々話して欲しいじゃん」 まだ続くのかとうんざりする所ではあるのだが、先日知ったこの常葉の恋愛素人ぶり。 知らねーよ、と突き放したいのに、本当に中学生の浮かれた恋愛を見ている感覚から罪悪感が出てしまい、結局は何も言えないのだ。 (その内交換日記とか言い出すんじゃねーだろうな…) でも、この男の事だ。 ある程度の事を楽しめば、すぐに次に行くのだろう。 幼い時、女子の間で流行っていた交換日記だって一冊終わったなんて話は聞いた事がない。きっと、この同性同士の恋愛なんて、そんなもの。 「…まぁ、今度会った時に色々話せばいいじゃん。そんなに毎日話す事なんて無いんだからさ」 「うーん、それも、そっか」 納得したらしい。 (せいぜいデートでも楽しむんだな) 何回目のデートで飽きるか見ものだ。 一気に炒飯を掻きこむ村山だが、彼は知らない。 この数秒後、 『今日はいい加減家に一回帰らないとだな…流石に一週間帰ってないと部屋の中埃が溜まりそうだし』 なんて、常葉の発言に、 (ーーーは?) お前一週間も向こうの家に泊まってんの?毎日顔見てんのにメールしろとか言ってんの? それ交換日記しながら電話してる様なもんじゃんかよ。 そんな想像を脳内で浮かべてしまったが故に、炒飯を拭き出し、ピッチングマシーンのご乱心と呼ばれる羽目になる事をーーー。
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